[ゲスト記事14]ヒカシューの絶景クリスマス・レポート[Lucyさん]

チーム平沢のLucyさんによる「ヒカシューの絶景クリスマス」のレポート記事です。

先日、ネオバラッドの新年会(記事リンク⇒ネオバラ新年会でご一緒させてもらった際に
英語verでこのライブの記事を書かれていると聞き、よかったら日本語verを、と
お願いしてたのですが、さっそく送ってもらいました。

自分、このライブ参加しなかったので個人的にも興味あったのでとてもありがたいです。
それでは、どうぞ。

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日時:2016年12月25日(日)18:30~21:30 

会場:代官山Unit (キャパシティ:オールスタンディングで600名)

出演者:

ヒカシュー(巻上公一、三田超人[フリーマン]、坂出雅海、清水一登、佐藤正治)

あふりらんぽ(Oni、Pika)

Kera[ケラリーノ・サンドロヴィッチ] with 伏見蛍

平沢進

注記:このレポートは筆者のメモと記憶、およびライブに出席された他の方々からの情報を元に書いております。そのため、実際に話されたMCの内容とは若干異なる言葉の記載があることを、ご了承ください。)

クリアファイル

Kera: こんばんは!超満員じゃないですか!えー、今日はですね、ロック史に残る、ロック史は大げさかな、

聴衆: (笑)

Kera: ニューウェイヴ史に残る、クリスマスになると思います。巻上さんから「キューピッターってかわいいね」と何度も言われているんですが、

聴衆: (笑)

Kera: キューピッドという意味なんですが。きょうのヒカシューと平沢さんの共演というのは、全く意味が分からない人もいるかもしれませんが、先日、有頂天はラフィン・ノーズと一緒にライブをやりました。そこにWillardが加わるようなものです。

聴衆: (笑)

Kera: だから決して、有頂天と筋少がやるとか、そんな簡単なものではないんです。

聴衆: (爆笑)(拍手)

Kera: 今年2月に、ボクは、「平沢さんと巻上さんの邂逅をお膳立てするなら、自分しかいないだろう」というTweetをしました。そしたら、3月のソロライブの時に、ヒカシューの坂出さんにベースを弾いていただいたんですが、「それがどうやら実現するよ」「すでに実現しつつあるから、来れば?」みたいなことを言われまして...

聴衆: (爆笑)

Kera: 順番が、ボク的には不本意なんですけども。

聴衆: (笑)

Kera: ボク的には、「巻上くん、平沢くん、ちょっと用事があるから集まってくれたまえ。そして、握手をしようじゃないか、と言って、握手をした写真を撮って、というのが筋書だと思っていたんですが」

聴衆:(笑)

Kera: 全くそうではありません。今回の打ち合わせの平沢さんと巻上さんが会う、都内のあるきれいな場所へ、すごすごと出かけて行って、『巻上さんと平沢さんがほんとに一緒に座ってるよ!』と驚いて、打ち合わせの間ずっと緊張していた感じでした。今日は、ほんとはボクはそっち[観客席]に居たいんです。気分的には、そっちに居ます。
1980年中野サンプラザ・ホール、1990年、エラー・フォース日比谷野外音楽堂、そして2016年、代官山Unit、ヒカシューの絶景クリスマス!ほんとにみなさん、これを見れて、いいなと思います。ボクはすでにリハーサルを見てそう思いました。
では、フロント・アクトのあふりらんぽの登場です。どうぞ!

<あふりらんぽ・ライブ>(約25分)
 

セットリスト:

ミラクル・ラッキー・ガールズ 

他2曲

あふりらんぽは女性のデュオ・ユニットで、Oniさんがボーカルとギター、Pikaさんがドラムとボーカル。お二人とも美人さんのユニットですが、今回はクリスマスなので、真っ赤なセクシー・サンタ・コスチュームで登場。ただ顔は、どこかの部族の戦いの時のようなフェイス・ペイントを施していました。一曲目は、ヘヴィメタル系ロックンロールの曲「ミラクル・ラッキー・ガールズ」。リフのカッコイイ、パワフルな曲でした。歌詞に「ありがとうー!」という言葉があり、ポジティブな、元気にさせてくれる曲。

2曲目は、日本の阿波踊り的なリズムのリフが特徴の曲に途中ヴァン・ヘイレンみたいなギターソロが入りました。

3曲めはニューウェーブ風の小刻みなリズムギターに「ポツポツ、ポツポツ」という歌詞が入る曲でした。

2曲めの途中で、彼女らは、コメディ・スキットというか、セリフが何かの動物のように「オー、オー、アー、アー」だけで全てを表現し、観客を巻き込んで笑いを取る、という余興をやりました。どんどん観客の中に入ってくる、突き抜けた感じのバンドでした。聴衆ものっけからノリノリでした。

<有頂天のPV上映>(約5分)

Kera: ステージの転換をしている間に、実は10日前に発売された有頂天のアルバムがありまして、今日、ここの上の階でも売ってるので、全員買ってってほしいんですが、

聴衆:(笑)

Kera: 今日、そのMVがさっき出来たんです。そこ[観客席から見て右の壁面]にスクリーンがあったんで、見てもらおうかな、と。

聴衆: おおーー!(拍手)

Kera: 見てもらって、気に入ったら、2枚買ってください。

聴衆:(笑)


有頂天「monkey's report(ある学会報告)」(アルバム 『カフカズ・ロック/ニーチェズ・ポップ』より)PV

<KERA・ライブ(約10分)> 

演奏者:

Kera: ボーカル

伏見蛍: ギター、バッキング・ボーカル

セットリストとMC


Kera: えー、キューピッターも何かやったほうがいいかな?

聴衆: (歓声と拍手)

Kera: 余興と思って聞いてください。

聴衆: (歓声と拍手)


01: Love Treatment (ヒカシュー/アルバム「ヒカシュー」より) 

02: ダイジョブ (P-MODEL/アルバム「ランドセル」より)

03: オルタネイティブ・サン (ヒカシュー/アルバム「夏」より)

04: いまわし電話 (P-MODEL/アルバム「ポプリ」より)

05: Losing My Future (ヒカシュー/アルバム「ヒカシュー」より)

06: Love Story (P-MODEL/アルバム「ランドセル」より)

Keraさんは、伏見蛍さんのギター1本の伴奏で、ヒカシューの曲とP-MODELの曲を交互にメドレーで、6曲歌いました。パワフルで表情豊かなKera節で、テクノポップ、パンクの曲調の初期の曲を集めたセトリはKeraさんらしいと思いました。

<ヒカシュー・ライブ>(約2時間15分)

演奏者:

ヒカシュー:

巻上公一: ボーカル、テルミン、口琴、コルネット

三田超人[フリーマン]: ギター[Les Paul]、ボーカル

坂出雅海: ベースギター

清水一登: ピアノ、シンセサイザー、ベースクラリネット

佐藤正治: ドラムス

あふりらんぽ:

Oni: ボーカル

Pika(ピカチュウ): ドラムス、ボーカル

Kera[ケラリーノ・サンドロヴィッチ]: ボーカル

平沢進:ボーカル、ギター[EVO]


セットリストとMC


Kera: ここからは一気に最後まで行きます。ヒカシューの絶景クリスマス、ヒカシュー!

聴衆: (歓声と拍手)

巻上: メリー・クリスマス!

聴衆: メリー・クリスマス!

巻上: (タブレットを覗き込んで)あれ?

聴衆: (笑)

巻上: がんばります。

聴衆: (拍手)


01: 筆を振れ、彼方くん (アルバム「うらごえ」より)

02: 生きること (アルバム「生きること」より)

03: 入念 (アルバム「生きること」より)

04: にわとりとんだ (アルバム「万感」より)

05: テングリ返る (アルバム「生きてこい沈黙」より)

06: もったいない話 (アルバム「はなうたはじめ-Humming Soon-」より)


巻上: ここで、僕と同類だなと思っている素晴らしい人たちを紹介します。あふりらんぽ。 

あふりらんぽ: 同類だと私たちも思ってます。

巻上: さっきステージ見てて、同じことやってるなと思って。

聴衆: (笑)

巻上: (サルや鳥の鳴き声を真似る)

あふりらんぽ: 同じことやってた。同じことしてる部族やった。

巻上: 同じ部族だ。良かった。

聴衆: (笑)

巻上: 今日はクリスマスでお二人は赤い衣装着てくれて。今年は、ここで、赤いのを着なきゃいけないイベントに出て、大変だったんだけど...

あふりらんぽ: おめでとうございました。

聴衆: (拍手)

三田: (ギターでファンファーレを鳴らす)

巻上: 若い者にまけるか!みたいな、ね。えー、いつもこのクリスマスのイベントでは、やっている曲があって、「天国を覗きたい」という曲です。これをあふりらんぽのお二人と一緒に歌おうかな、と。この歌を流行らせようと長年努力してるんですが、ようやく流行ってきたかな。サンタクロースが死ぬ歌なんて他にないからね。


聴衆: (笑)

Oni: 子供に聞かせときます。

巻上: 子供は喜ぶよ。「今年からプレゼントがもらえない!」って。それでは、「天国を覗きたい」


07: 天国を覗きたい (アルバム「チャクラ開き」より) 

08: ニョキニョキ生えてきた (アルバム「万感」より) 

09: びろびろ (アルバム「はなうたはじめ-Humming Soon-」より)


あふりらんぽとの共演の3曲では、Pikaさんがドラムスを叩いたので、佐藤さんとでツイン・ドラムでパワフルな演奏となりました。ステージには、ドラムセットが2セット、設置してありました。佐藤さんとPikaさん、ツイン・ドラム、すごく楽しそうに叩いていました。


巻上: あふりらんぽ!

(あふりらんぽ、退場)

巻上: (ヒカシューのメンバー紹介)三田フリーマン!坂出雅海!清水一登!佐藤正治!

三田: 巻上公一!


10: レトリックス・アンド・ロジックス (アルバム「ヒカシュー」より)


巻上: ここで、もう一人の素晴らしいゲストを。

聴衆: (熱狂的な歓声と拍手: 聴衆の多くは、平沢進が出てくると思いました)

巻上: (こらえきれずに爆笑)ハッハッハッハ!ご紹介しましょう。(いたずらっぽく)もう出演なさってます。三田フリーマン!


11: ダメかな? (アルバム「チャクラ開き」より)(三田フリーマン:ボーカル、ギター)

12: 20世紀の終わりに (アルバム「ヒカシュー」より)


「20世紀の終わりに」では、オーディエンスは、「ハイハイハイ!」のバックコーラスを拳を振り上げて歌い、最後の「ヤヤッハー!、ヤヤッハー!」のところも一斉に歌い、盛り上がりました。


巻上: ヒカシューは1978年にデビューしたんですが、1979年から1980年にかけて、よく一緒にステージを共にした友達がいます。

聴衆: (歓声)

巻上: ステージでも一緒になったり、テレビもよく一緒に出たりね。長いこと、会っていなかったんですが、ここに来て、こういったクリスマスイベントっていうのは良いもんで、呼びたい人を呼べる。Keraの話にもありましたが、Keraがキューピッターという可愛い役で、「結び付けたい!」と言ったんですが、その時には僕はすでにオファーをしていた、という。

聴衆: (笑)

巻上: ご紹介しましょう。平沢進!

聴衆: (大歓声と拍手) ヒラサワー!平沢さーん!


(平沢進、登場)

13: 庭師King (平沢進:アルバム「救済の技法」より)(巻上公一:ボーカル/平沢進:ギター、バッキングコーラス)

この曲は、ヒカシューによる、静かな、ネイティブ・アメリカンのリズムを思わせるドラム、ピアノ、ギターの出囃子(長いイントロ)から始まり、平沢さんの「ヘーイヤイー」を合図に、曲が始まり、巻上さんのメインボーカル。庭師Kingだと分かった瞬間に会場からは大歓声。巻上さんのいつもの歌舞伎ボイスのような発声はとてもパワフルで、すごく良かったです。ライブ後に友人たちから聞いた感想でも「巻上さんの庭師King良かったー!感動した!」という声を多く聞きました。私は個人的に「平沢曲の中で一番好きな曲を、大好きな巻上さんの声でメインボーカルで歌っている!」と思うと感極まって嗚咽がこみあげ、曲の間ずっと涙が止まらない状態でした。サビ部分では、平沢さんが下ハモリのメロディーを歌っていて、演奏は打ち込みが一切ない生演奏だし、これは本当にレアな組み合わせの「庭師 King」で、そういう意味でも、感動が大きかったです。

14: グローバル・シティの憂鬱 (ヒカシュー:ミニアルバム「鯉とガスパチョ」より)(平沢進:ボーカル、ギター/巻上公一:バッキングコーラス)

私の大好きなテクノ色の強いヒカシューの曲。CDのオリジナル・バージョンでは、シンセサイザーのリフをフィーチャーしたテクノっぽいサウンドで、ボーカルもエフェクトをかけていて、加工度が高く、平沢曲を思わせるような曲ですが、これを平沢さんが歌っているのを聞くのは感激でした。この曲も、ライブ後に「グローバル・シティの憂鬱って曲、良かった!ヒカシューのどのアルバムに入ってるの?」という声をちらほら聞きました。この曲を好きになった人も多かったのでは。「にっちもさっちも行かないことを なんとかかんとか切り抜けて」という歌詞を平沢さんが歌っているのも新鮮でした。

聴衆: (大歓声と拍手) ヒラサワー!平沢さーん!

巻上: (会場の異常な盛り上がりがたまらなく嬉しい様子で、満面の笑みで)ハハハハッ!次は何が出るかな?まだあるからね。

聴衆: (大歓声)


15: ミサイル (P-MODEL:アルバム「ランドセル」より)(巻上公一:ボーカル/平沢進:バッキング・コーラス、ギター)

巻上さんのボーカルで「ミサイル」。平沢さんは「ヤッ」のバッキングコーラスとギター。ギターソロの部分では、平沢さんと三田さんが、掛け合いプレイ(chaseのような)もして、盛り上がりました。

16: パイク (ヒカシュー:アルバム「夏」より)(平沢進:ボーカル、ギター/巻上公一:バッキングボーカル、テルミン)

平沢さんのこの日のボーカルは、ヴォルキス・プロラデュークのキャラの時の発声に近い気がしました。前々から言われていることですが、このヒカシュー曲「パイク」と平沢さんの「聖馬蹄形惑星の大詐欺師」という曲が良く似ていて、「錬金」コーラス(2つの音階やリズムが一致する曲を同時に歌う、または、Aの曲のオケでBの歌を歌う、という遊び)マニアの間では、パイクのオケで「聖馬蹄...」を歌うという人もいたようですが、平沢さんが弾いているパイクのリフが本当に「聖馬蹄...」を思わせるものでした。そっくりでした。ヒカシューと平沢さん、共通点あったんだなー、と改めて思いました。この曲は後半になると、ボーカルが2人での掛け合いになりますが、サブ・ボーカルの部分を巻上さんが歌い、平沢、巻上、平沢、巻上、という掛け合いも新鮮でした。

巻上: 2年前に、「共演してほしいな」と思って、メールしたんですが、今はいいですよね、メールがあるから。その時は平沢君は忙しくてできなかったんだけど、しつこく言っているうちに、KERAが言い始めて、「これはありがたい」と思って。助けられたんですね、キューピッターに。それで勇気をもらって、もう一度誘ったところ、今回は来てもらえたわけです。

聴衆: (拍手と歓声)

巻上: ちょうど同じ時期に、テクノポップ、ニューウェーブとして、お互いに触発されて、新しいスタートを切ったんですよね。お互いに尊敬しあって。なかなかそういう姿は見せられませんけどね、ライバルですから。

聴衆: (笑)

巻上: ライバルがいるってことは本当にいいなと思いますね。それではもう少し、やりたいと思います。

聴衆: (歓声)


17: Ruktun or Die/Luuktung or Daai/ルクトゥン OR DIE (平沢進「ハルディン・ドーム」etcより)(巻上公一:ボーカル/平沢進:ギター、バッキング・コーラス)

曲は平沢さんと三田さんのツイン・ギターで、同じリフをユニゾンで弾く所から始まりました。巻上さんのボーカルは相変わらずパワフルで、このアップテンポのロックンロール曲にとても合っていました。「踊りましょう、あなた」の部分では、巻上さんの得意なビブラートを利かせたバラード・ボイスが素敵でした。サビの「ルクトゥンor die, ルクトゥンor die, 踊れや歌え つるんで」の部分では、平沢さんが下ハモリのメロディを歌ったのがとてもレアな体験で嬉しかったです。平沢さんはバッキング・コーラス部分以外はひたすらギターに専念していて、リズムギターの部分やリフも良く聞こえて、ヒラサワ・ギターが堪能できました。平沢さんのリズムギターに、三田さんがアドリブのギターを乗せたのも、なかなかレアでおいしい部分でした。観衆もサビ部分では皆さん拳を振り上げ一緒に歌って、大盛り上がり、大エキサイトでした。


巻上: ありがとう。お互いがんばってます。人の曲というのは難しいんですよね。今夜はこれまで色んな曲をやりましたが、次の曲がお別れのナンバーになります。

聴衆: えええええーっ?

巻上: これ、よくある感じなんだね?

聴衆: (笑)

巻上: 「コンサート」というのに慣れていなくてですね...コンサートっぽくできないんですが... 普段、僕らはとても小さな会場で、時には5人のお客さんでもライブを演ったりしているので...でも、そういうライブにも来てみてください。

聴衆: (拍手)

巻上: そうすると、何か、こう、芽生えてくる、と思うんですね。そして、次のライブで、「ああ、これはあの時のアレか」と分かって来たり...そういう面白さがあるんですよ。とても、理解するのがたいへん、たいへんな音楽だと思いますから...いや、簡単か?

平沢: (笑)(ずっと無言のまま、EVOギターを持ち、ただカッコよく立っていたのに、突然こらえきれずに笑い出し、笑いを押し殺して後ろを向く)

巻上: 簡単です。

聴衆: (笑)

巻上: 今回、本当に、ありがとうございます、最初、平沢君にメールを出した時、「どうなんだろう?」と思ったんですが、すごくいい返事が。...平沢君?(話します?)

平沢: 最初、巻上公一、という名前のメールを受け取ったとき、誰かのいたずらだろうと思ったんですね。

聴衆: (笑)

平沢: でも、万が一本当だったらいけないんで、丁重にご挨拶して、「メールをいただきありがとうございます。是非とも参加させて頂きたいんだけれども、巻上公一さんからのお誘いとあれば、一も二もなく、参加したいんですが、なにぶん忙しいもので、今回は辞退したい、というお返事を差し上げたんです。そしたら、また、次の日、じゃなくて、次の年も、お誘いのメールが来たんです。でもちょうどその年末もまた、私、忙しいんですよ。それでまたお断わりせざるを得なくて、これでもう愛想つかされただろう、と思っていて、今年ですね、また「来てくれ」という。「これで最後だ」というので、「これはマズイ」ということで、いろんなことを横に置いて、参加させていただくことにしました。それに、巻上君や三田フリーマンにも会いたかったし、彼らとは、同じ、楽しい苦しい時代を共に過ごしたんですよね。

巻上: 同じ悩みを共有していたんです。

平沢: 彼らに会ってみたら、巻上君はちっとも変わらないし、三田フリーマンなんか若返ってるし。

聴衆: (笑)

巻上: 相変わらずバカです。

聴衆: (笑)

平沢: とても嬉しかったです。このライブに参加できて、ほんとによかったと思います。この機会を与えてくれた巻上君に感謝します。キューピッターにも感謝します。

巻上: ありがとうございます。では、ヒカシューの新しいナンバーで、ナルホドを聞いてください。


18: ナルホド (ヒカシュー「生きてこい沈黙」より)(巻上公一:ボーカル/平沢進:バッキング・ボーカル、ギター)

巻上さんがメイン・ボーカルを歌い、平沢さんは掛け合い部分のサイド・ボーカルを歌いました。全く同じ歌詞の同じフレーズを巻上さん→平沢さん、の順番に聴けるのは初めてで、本当にファンにとっては嬉しい掛け合いが聴けました。曲の中ほどでは、フリージャズのようなインプロヴィゼーションが展開され、三田さんと平沢さんのギター・セッションも披露されました。

巻上: 平沢進! ヒカシューでした! どうもありがとう!

(ヒカシューと平沢進、退場する)

聴衆: (歓喜の叫びと拍手。アンコールの声と手拍子)


アンコール:

(ヒカシューがステージに戻ってくる)

巻上: ありがとうございます。このクリスマス・ライブは今年で9年目で、来年には10周年になります。来年も忘れずに、来てください。それではここで、キューピッターに入ってもらおうと思います。ほんとにかわいくて、かわいくて。キューピッター!

観衆: (大きな拍手。「ケラ!」「ケラさん!」の声があちこちから聞こえる)

(KERA、登場)

19: マスク (ヒカシュー、アルバム「夏」より)(Kera:ボーカル/巻上公一:テルミン)

三田さんは白いマスクを着けて登場。そのマスクが、途中でベロンと四角い部分が落ちて口が見えるという細工がしてあり、笑いを取っていました。

曲の中ほどで、Keraさんが「豆腐作り千年...」云々というアドリブを歌い初め、インプロビゼーション・タイムがありました。Keraさんが「三田フリーマン、ギターソロ!」と振ったのに、全然ギターソロをやってくれない三田さんに、ずっこけるKeraさん。


Kera: 平沢さんも、呼ぼうよ!

巻上: 呼ぼうか!平沢進!

聴衆: (大歓声と拍手)ヒラサワー!ヒラサワさーん!


(平沢進、登場)

(平沢進さん、登場。Keraさんが平沢さんと握手し、その手を取って、巻上さんと握手させる。平沢さんは、握手から、巻上さんをハグし、二人は観客のほうを向いて頬ずりをする。)

聴衆: (大歓声と笑い、拍手)

(Kera、退場)


20: 美術館で会った人だろ (P-MODEL アルバム「In A Model Room」より)(巻上公一:ボーカル、平沢進:ギター)

平沢さんはギターに専念し、巻上さんがボーカルを執りました。平沢さんの生演奏で「美術館で会った人だろ」を聴ける機会は何年ぶりだったのでしょうか。平沢さんはほんとに見なくても弾けるという慣れた感じでお馴染みのリフとリズムギターを弾いていて、80年代P-MODEL時代の平沢さんが思い出され、カッコよかったです。巻上さんのパワフルなボーカルで、この「美術館で会った人だろ」の破壊力はP-MODELよりも凄かったのではないでしょうか。聴衆も、「窓ガラスを...」「割ってやる!」のところで大合唱となり、大熱狂でした。

21: プヨプヨ (ヒカシュー アルバム「ヒカシュー」より)(平沢進:ボーカル、ギター/巻上公一:バッキング・ボーカル、テルミン)

平沢さんのヴォルキスっぽいボーカルでプヨプヨ。平沢さんが「まるで風船のように立つ」「ほらボクこんなに不感症」というような歌詞を歌ったことはある意味衝撃でした。歌の中に、「ヒカシュー!」と叫ぶバッキング・コーラス部分がありますが、これを平沢さんが得意のファルセットで「ヒカシューウ~ウ~ウ~」と伸ばし気味に歌ったのが新鮮でした。また、終わり近くで「アイヤイヤイヤイヤイヤー」というボイスが入りますが、これも平沢さんが元歌の巻上節から見事にヒラサワ節に変えて歌ってしまう。これを聞くと反射的に「キャー!」「ワー!」と叫んでしまった平沢ファン達でした。終わり方の「ハハハハハハ」という不気味な笑い声は舞台俳優というバックグラウンドを持つ巻上さんらしく、不気味さ全開でした。

聴衆: (大歓声と拍手)

巻上: 平沢進! ヒカシュー! 良いお年を!

聴衆: (大歓声と拍手) ヒラサワさーん! ヒラサワー! ヒカシュー!

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なんという密度のライブでしょうか。
改めて参加しなかったことを後悔しますね。

「庭師King」と「Ruktun or Die」の完全生演奏ってだけでもたまらないですね。

とてもとても詳しいレポートありがとうございました。

[LIVEの方法2」を今、改めて聴き直してみた

「LIVEの方法2 導入のマジック」
2014年5月21日に発売された出囃子(仮想含む)だけを集めたライブアルバムですね
今見なおしてみたら楽しみにしている記事を書いてました
リンク⇒LIVEの方法2
楽しみにしている記事だけ書いて結果を書いてなかったのでw

ただいまかなーり久しぶりに聴きながら書いてますが
このアルバム個人的にはコンセプト的に面白いと思うんですが
多分、賛美わかれるアルバムでして、その理由はやはり
全8曲のうち、仮想ver2曲以外は既発表音源ということもあるのと
(自分今久々にプレイリストを見てみると仮想verの2曲だけ桁が違うほど聴いてました)
前作(?)「LIVEの方法」があまりに名盤すぎた、ってのありますねー。

過去記事リンク⇒DIW/SYUN全作品解説

LIVEの方法

方法論としてはP-modelの「ヴァーチュアル・ライブ」に近いですねー。
「ヴァーチュアル・ライブの拍手や歓声はライブ会場で録音されたもので
自分も当時参加しました。そういう視点から聴くと面白いアルバムです。

前の記事にも書いてますが、「LIVEの方法」と同じ方法論で改訂3~4人のころのアレンジの
スタジオ音源という同じコンセプトで出して欲しかった。
解凍時期の曲の生ドラムverかっこよかったよなー

あ、そういえば生ドラムといえば今週の土曜日、久しぶりにネオバラッドのライブに行くので
上領さんとまた、お話できる。(今回は一緒に食事も)
楽しみ楽しみ。しっかりレポ書きますね


というわけで、今年もよろしくお願いします。

[TRIBUTO A SUSUMU HIRASAWA] Vidra

ツイッターで相互フォローしているFrancesco Fecondoさんというイタリアの方のエレポップバンド
Vidraがイタリア語の平沢のカヴァー「TRIBUTO A SUSUMU HIRASAWA」を発売したようです(日本発売はだいぶ遅れてる?)
mecanoさんの瓦版によると、mecano独占販売のようです。日本のSYSというGAZIOさんと縁が深いバンドとのコラボも収録されてるようです。堂々とケイオスの認可をとっての発売です。

Vidra.png

現在youtubeでAvatar Aloneが聴けます。聴いた感じ、面白いアレンジだと思いました。
期待しましょう。

景観する循環カフェ 11/17夜の部感想

平沢のファンクラブ限定イベント「景観する循環カフェ」の11/17の夜の部に参加してきました。
感想などを書いておきます。

会場
会場のスターパインズカフェ 手描き!

・どんな形のライブであっても最終日に参加は揺るぎない自分なのでした。

・10月31日、11月1日、11月16日、11月17日の4日、昼の部、夜の部と
合計8回のイベントだったんですが、会場が150人?ほどの会場で、狭いとは聞いてはいましたが
「今」の平沢がこの会場で、という驚きはありましたね。
今回のイベント一人につき参加できるのが一回ということで要するに合計1200人しか
参加できなかったということになりますね。

・人数少ないイベントだったんですが結構知り合いやツイッターのフォロワーさんとあえて
嬉しかった。さらにこの電子降る日記を知ってくれてる人と会うとやっぱりうれしいです。ありがとう。

フランス
フランスみやげ

・イベントは2部構成で前半が事前質問、その場での質問に答えるという形のトーク。後半がライブでした。

・トーク部分はやはり音楽的な話が興味深く「ノンタラの演奏曲はどうやって決めているか」という
質問の答えはちょっと感動しました。音楽以外の質問の平沢の答えは、なるほど、というものや
ユニークなものなど様々でしたが、こっちのほうは人それぞれ答えに対する「距離感」みたいなのが違うと思うので。
個人的にはとても面白かったです。

・んで、ライブ。これはマジで素晴らしかったです。
どんどん音を録音して重ねていってリアルタイムで曲を構築するというものでしたが、、、
P-model、ソロ、核P今まで参加したライブどれとも違うな「あっ!これ旬だ!」って思いました。
平沢自身にそういう意識があったのかは知らないので、あくまで個人的な感覚ですが。
「ロタティオン」「電光浴」「CHEVRON」の3曲。どれもかっこよかったです。最高。
「CHEVRON」のオーディエンスの声を録音のくだりは改訂P-modelを思い出しました。
今後もたまーにこういう実験的(平沢にとって新しいという意味ではなく)なライブやってほしいけど、難しいかな。

・ライブが終わった後、話に聞いていたピック流しwが行われました。
これ、感動しました。「今」の平沢がこれをやる、凄いです。まさにファンサービスのお手本。
素晴らしい。若い、特に女性のファンの方達は本当に嬉しそうでした。

ピック
ピック

・まぁそんな感じだったんですが、あとちょっと感心したのが平野さんもおっしゃってましたが
今回の会場、スターパインズカフェ、スタッフの方がとてもしっかりしている印象を受けました。お疲れさまでした。

・もちろん平沢ケイオス、ナイスなイベントありがとう!

・ライブ後の食事会も楽しく、毎回ライブの感想の最後はこれ書くんですが
次回もまたお会いしましょー!

Cosmic Zoo Park

かなり後になって知ったのですが(すいません)
9月中旬にGAZIOさんが「Cosmic Zoo Park」というイベントを開催されたそうです。
自分はイベントには参加してないのですが、CD、パンフレットがカルカドルファンにとっては
たまらないものでして、遅ればせながらちょっとだけ紹介します。

過去のカルカドル複数買い記事⇒カルカドルコレクション

CZP2.jpg

CD 
特に一曲目はカルカドルファンなら感動します

CZP1.jpg

パンフレット
中身は載せないですが、カルカドルのジャケットが好きな人(自分)ならわくわくします
読み応えあります。

このイベントにチーム平沢のLucyさんが参加されたそうなので、機会があったら
イベントの詳しい内容など書いてもらえれば自分も嬉しいかな、と。

「景観する循環カフェ」チケット到着

先日ケイオスからメールが届いてました。
「景観する循環カフェ」の整理番号の通知でした。自分は
11月17日夜 整理番号:70番台です。
しかし今回のイベントこのメールがチケットになるんですねw
なんかすごいですね。

自分は最近ツイッターをほとんどチェックしてないのでどんな内容なのか
現時点で全く知らないので、そろそろ内容調べておかないと、、、

同じ日にち、時間帯の方お会いしたらよろしくです。

次回のライブとBERSERK-Forces-

多分、今年唯一の平沢ライブであろうトークライブは
結局11/17の午後になりました。一緒の時間帯の方々よろしくー。
10/21には戸川純さんが今年も福岡にやってきてくれます。こちらも楽しみ。

「Ash Crow」の配送が開始されたようですね。
自分は実は所謂、ベルセルク系はあまり聴くことがないのですが(単純に好みの話です)
やっぱり「BERSERK-Forces-」は別で、良く聴きます。
(「FOCES Ⅱ」は続編であり、「1.5」より先に発表されてるし、ver違いではないですね。)
まぁ「BERSERK-Forces-」は平沢の代表曲の一つだし、「平沢進史上最大のヒット・シングル」(音廃本より)だし
周りにも好きっていう人多いです。

シングル

後、海外ファンの平沢ファンがこれで平沢と出会った、という話が多いことからもとても大事な曲ですね。
特にアルバム「剣風伝奇ベルセルク」のインスト曲は、なにげに海外ファンへの貢献度が高いかと。
この電子降る日記の中での海外ファンへのインタビューでも数人の方が「きっかけ」と答えてます。


「BERSERK-Forces-」って公式に世に出てるのは、、、

BERSERK-Forces-
シングル、救済の技法HQ版ボーナストラック、HALDYN DOME DISC10

BERSERK-Forces-(GOD HAND MIX)
シングル、救済の技法HQ版ボーナストラック、HALDYN DOME DISC10

BERSERK-Forces-(オリジナル・カラオケ)
シングル、救済の技法HQ版ボーナストラック

BERSERK-Forces-(TV version)
シングル、剣風伝奇ベルセルク、救済の技法HQ版ボーナストラック、HALDYN DOME DISC10

BERSERK-Forces 1.5
SOLAR RAY

BERSERK-Forces 1.5(LIVE)
LIVE SOLAR RAY(DVD)

BERSERK-Forces 1.5(LIVE)2
PHONON2553VISION(DVD)

BERSERK-Forces 2016
Ash Crow

こんなところでしょうか。
「BERSERK-Forces 2016」はイントロだけ発売前のサンプルで聴けてたので、1.5よりも
さらにバキバキなアレンジになるかと思いきや、どちらかというとオリジナルに近いアレンジでしたね。
そういえば、去年のWORLD CELL 2015で演奏され、物販で発売されたメモリアルパッケージ・カード
記事リンク
に収録されたていた「舵をとれ2015」と比べてみるのも楽しいですね。

昇れ

今回の記事は主観的感想要素が強いです。

オーロラ
Sim City
SIREN
救済の技法

自分がこれらのアルバムをリアルタイムで聴いてるころから、思ってたことがあります。
なのでもう相当な年月が経ってますね。

これらのアルバムに必ず一曲「ある瞬間をわかりやすく書いた曲」があるなぁと
思ってました。もちろん当時のインタビュー記事などには全くそういう解説はなかったですが。
具体的に言うと

オーロラ⇒「オーロラ」
Sim City⇒「Caravan」
SIREN⇒「サイレン」
救済の技法⇒「ナーシサス次元から来た人」

ですね。これ以前、以降のアルバムにもそういう「系統」の曲は多くありますが
([ロタティオン」とか他にもたくさん)
この4曲はとにかく、わかりやすく描いてますね(個人的解釈)
当時本当に「インタビューとかで言わないけど意識してアルバムに一曲入れてるんだな」って思ってたぐらい。
まぁ今はその感覚も当時ほどはないですけど。
でもオーロラ以外は所謂「タイ三部作」なのでそういうのもあるのかな?なんて。

P-modelで言うともちろん「Black in White」ですね。
究極は当然2004年発売の「SWITCHED-ON LOTUS(表題曲)」ですけど。

と、せっかくなので久しぶりに公式の質問コーナーに質問してみました。

トーク&ギターソロライブ

「反射の集いは氷の9」以来10年ぶりのトーク&ギターソロライブが行われますね。
10月31日 11月1日 11月16日 11月17日 の四日間にそれぞれ2公演ずつ行われる。
なんと合計8公演!

「反射の集いは氷の9」の時に「最初で最後」って言ってたような気もするがw

「出演:平沢進」となっているので、トークゲストが楽しみなところですね。
普通に考えて今年のライブはこれだけなのかな?
このライブ用にギターアルバム出すんだろうか。

自分は11月16、17のどちらかに参加する予定です。
新たな情報を待ちましょう。

[ゲスト記事13]チェコから来たHirasawaファン[Pavel&Lucy]

English translation is in the latter half of this article.
(この記事の後半に英文を載せています)


星野スミレによる前書き

久しぶりの海外平沢ファンの方のインタビュー/エッセイ記事。今回はチェコから息子さんと来日されてインタラ「World cell 2015」に参加された(すごい!)Pavelさんのエッセイ記事です。サウジアラビアのOsamahさん、中国上海の犬風船(Cano)さん、ペルー/アメリカのBryanさんに続く海外ファンの方のロングエッセイです。

■Osamahさんインタビュー【Interview with Osamah, Saudi Arabia】

■Osamahさん来福記録【Osamah"s Trip to Fukuoka】

■犬風船さんインタビュー【Interview with InuFuusen(Cano), China】

■Osamahさん日本旅行エッセイ【Osamah's Essay on Journey to Japan】

■Bryanさんインタビュー>【Interview with Bryan, Peru/USA】

今回の記事は「いかに(遠くの国から)日本に平沢のライブのために来日するということが凄く、そして大変だということが感じられます。Pavelさんとお会いされた方が共通して持たれた印象でしょうが、紳士的で謙虚な人柄が文章に表れています。
今回も、Lucyさんが翻訳を担当されています。それでは、お楽しみください。


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「World Cell 2015」の思い出 /by Pavel (from チェコ)
Pavel(from Czech)'s Essay on 2015 Hirasawa Show and Japan


(Chapter 1)
<全ては、なにげなく映画の予告動画を見ていた時に始まった...>

私の話は2005年ごろに始まります---ある日インターネットの様々なページをランダムに見ていた時、ある映画の予告動画の音楽が、非常に興味深いエレクトロニック音楽であることに気付いたのです。その音楽がとても面白いと感じたので、インターネットで検索し始めました。
「この映画のタイトルは?」「このサウンドトラックの作曲者は誰だろう?」私はそれがアニメ「パプリカ」のプロモーション動画で、今敏監督が制作したものであること、そしてサウンドトラックの制作者は平沢進だということを知りました。

それで私はさらに彼の他の曲や動画をYoutubeで探し始め、美しい曲の数々に出会いました。この頃私は、
平沢進氏の公式サイト->http://www.susumuhirasawa.com

にもたどり着き、Youtubeで発見した曲に関する情報も得ることができました:例えばP-MODELという
初めて名前を聞くグループが、平沢氏が深く関わったバンドであったこと等。
平沢公式サイトには英語のページもあるので、私のような海外のファンもその内容を楽しむことができます。私はサイトのユーザーとしてPavelという名前(ちなみに本名です)で登録し、サイト上のGreen
Chatというページを定期的に訪問するようになりました。

それは2011年の2月のことでした。Green Chatにはたいていの場合誰もログインしておらず、「この
チャットは本当に機能しているのだろうか?」と思いましたが、しばらくしてからZibunさんというファ
ンと出会い、初めて「Hello」と言ってくれたのです!その後、同じようにして他のファンの皆さんも
---中には日本人以外の人もいました---出会い、平沢さんの音楽についての話や、日本全般についてや、世界や私たちのまわりのことに関しても話をしました。

Green Chat上で出会った、日本人ファンのみならず、海外ファンの数の多さには驚きました。ある時私はTomというファンと出合い、なんと彼が私と同じ国(チェコ)に住んでいるというだけでなく、20Kmしか
離れていない隣町に住んでいることを知り、驚きました!!!

その後、私は平沢さんのTwitterを発見し、さらに多くの熱狂的なファンとも知り合いました。Twitter
というサイバースペース上の「馬の骨」の世界は現在、Green Chatよりもさらに先進的でインタラクティブな(相互に作用し合う)場所となっています。それは平沢さんが毎日tweetしていることが影響しています。そして彼をフォローしているファンの数は、今でも増え続けているのです...

今から4年ほど前、平沢さんのTwitterのフォロワーが5万人を越えたことがあり、それを祝して「平沢監視5万秒」と題された、平沢さんの仕事風景を5万秒の間ライブカメラでストリーム放送する、という可笑しなイベントが行われました。:-) その時気付いたのですが、5万人といえば、私の住む市の人口とほぼ同じです!街中の通りで一番混雑する時間帯にどれだけの人々がいるか見たのですが、すごい人数です...

私の住む市の人口と同じ人数の平沢ファンがいる。ちょっと想像してみました。街に出てみると、回りの人が全て平沢ファンで、全員がイヤフォンでヒラサワ曲を聴いている光景を。:-) また、市全体を遠くから見渡せる場所に出てみて、全ての建物や、大きな公共施設の数々、それらを埋め尽くす人数が平沢さんのフォロワーと同じだけの人数なんだ、と思ったものです。

ところがそう言っている間に、平沢さんのTwitterフォロワー数は急激に増え続け、今では(2016年5月現在)壮大な8万人を裕に超え、まだまだ増え続けているのです!という訳で、平沢フォロワーは、私の住む市の人口を追い越してしまいました。現実の都市でそんなに急激に人口が増えた都市はないかもしれません:-)

チェコ1

チェコ2

チェコ3


(Chapter 2)
<ヒラサワ音楽のどういうところが好きか?>

私はP-MODELも平沢ソロ作品もどちらも好きです。P-MODELの好きなところは、実験的な特徴を持つサウンドで、それは私が知っているどんな音楽とも比べられません。ヨーロッパの80~90年代のどのバンドにも、似た音楽を演っていた人たちはいませんでした。

特にP-MODELで私が好きな特色は、宇宙的で地球外の音のようなテイストのキーボード・サウンドが、コンピュータ制御されたビープ音と共に、かなりのハイテンポでリズムマシーン/エレキドラムその他のサウンドと組み合わされているものです。私には、P-MODELは現代の他のミュージシャンたちとは全く違う電子楽器を使っていたのではないか、と思えるほどです。

実際には、そのようなサウンドは、平沢さんの音楽家としての技巧と、コンピュータのスキルによって生み出されており、それが他のバンドをダントツに引き離して面白い所以だと思います。特に私が好きなのは、各フレーズの終わりの部分によく使われている、引っかくような滑るような短い音で、これは画家が自分の作品にサインを書くようなものではないかと思います。

のちの平沢ソロの作品の中では、新しい楽器や、日本の伝統楽器の音を採り入れたようなサウンドをより幅広く使用している側面が好きです。その効果により、平沢さんの音楽はさらに新鮮でたぐい希なものになっていると思います。最近では、"Aria" や 最新アルバム"The Man climbing the Hologram"収録曲のような、複雑な構成の曲が好きです。これらの曲はは真のマスターピースです!

もちろん平沢さんの歌声、ボーカルも大好きです。なかでも、2015年11月ののライブで演奏された"Wi-Siwi"のボーカルが 最近の私の一番のお気に入りです。そして、ギター・プレイ!これも非常にユニークで、スタンドで固定したギターを弾く平沢さんのスタイルが好きです。斬新な試みに溢れるミュージシャンとして、もちろんレーザーハープやテスラコイルについても触れておかなければなりません。:-)

私は平沢さんの技術的なアイディアを称賛しているのですが、しかしそれだけでなく、アーティストとしての他からの独立性を大いに称賛しています:特に、メインストリームのどのような分野にもない独自の道を堂々と進む能力や、また、音楽的なメインストリームからの脱却というだけでなく、一般的な意味でのメインストリームに対抗して、例えば戦争に反対するという政治的な意見を堂々と発表するところ等も称賛しています。

(Chapter 3)
<公式サイトNo Roomを訪問し始めた私が、どのようにして東京へライブに行くまでになったか?>

平沢さんの曲名から言葉を拝借して、いくつかのPhase(段階)に分けてみました。

Phase-0 夢見る

もちろん、ファンになった最初の頃から、日本へライブを見に行ってみたいという夢を持っていましたが、残念ながら(チェコから)日本への旅行の費用を概算するととても高いものでした。とにかく私が年に一度行く休暇の旅行に費やすいつもの予算よりはるかに高かったのです。したがって、日本へ平沢ライブを見に行くのは、自分の国や隣接するヨーロッパの国へライブを見に行くのとはわけが違いました。そして、平沢ライブを見に行く事を考えた場合、2つの条件を考えに入れなければと思いました。

最初に、日本へ行くなら、平沢ライブだけでなく、日本国内を観光するべきだと思いました!日本へ行くのならば、できる限り沢山のものを見たり楽しんだりしたいと思いました。日本という国は我が国とは非常に異なる、興味深い国なのですから!加えて、ヨーロッパから日本への往復の航空運賃は、旅行費用の大きな部分を占めるのですから、ライブの2~3日間だけでなく、もっと長い期間滞在して日本を楽しむのが合理的だと思ったのです。そして、日数が増えるということは、旅行費用も増えることを意味します。

二番目に、日本への旅行での冒険や驚きや、幸せの全てを一人だけで楽しむのはもったいないと思いました。一人で行っても、喜びは100パーセントにはならないだろうと思ったのです。そこで、17歳の息子のTomas(トマス)を旅の道連れとして連れていくことにしました。トマスも平沢音楽を部分的に知っていて(もちろん私の影響で)好んでいましたし、私と同じように、全ての日本のものを素晴らしいと思い大好きだったことが主な理由です。しかしながら、彼を日本に連れていくのには、もうひとつ隠された理由がありました。彼が18歳になる誕生日の数日前であったため、私たち親子が一生忘れられないような貴重な経験をさせてやりたいと思ったのです。日本への旅行のように大きな旅を一緒にする機会は、一度行くとその後当分の間はないでしょうし...少なくとも近い将来には。私たちの日本への旅行の計画は、毎年、実現へ向けてどんどんふくらんで行きました。少なくとも私自身にとっては。しかし、二人で旅行するとなると、全ての費用が2倍必要になります。このため、日本への旅行の計画を実行するまでには、さらに年数が必要でした。

Phase-1 待機

それで、問題の一つは、日本への旅行を理想的なクオリティでストレスなく100パーセント楽しむための十分な資金を貯めなければならないということでした。残念ながら、貯金は日本への旅行に必要な金額にはまだ達していませんでした。マイホームの改装を日曜大工で行わなければならないという、家計の優先順位があり、これにも予算が必要だったためです。私の見通しは悪かったです。実現するのはあと1~2年は難しいだろうと思いました。このようにして、この夢の実現は毎年々々延期されてきたのです。

Phase-2 決心 *(注)

ところが、数年間、夢見て時期を待った後、2015年の春のある日、私の中で何かが崩れ、こう思ったのです。「先延ばしにするのは止めよう。」私はこの飽き飽きするほどの待機期間に終止符を打とうと決心しました。単純に、マイホームの改装は数か月休むことにしました。このような単純な方法で、日本へ行き平沢ライブを見る為の資金を貯めることができました。:-) 家の改装はしばらく待てるが、ライブに行くのはもうこれ以上待てない!と思ったのです。

*(注)
この決心をするにあたり、日本のファンのLucyさんとSumireさんに多大な感謝の意を伝えたいと思います:
 ・Lucyさんには、日本の平沢ファンとの間のコミュニケーションを活発に取ってくれたり、平沢関連の色々なニュースを知らせてくれたりしたこと、また、福岡でのファン・イベントをいくつか主催してくれて、私たち親子が日本のファンの皆さんと直接交流でき、一緒に音楽や日本を楽しむ機会を与えてくれたことを感謝します。また、彼女が語学の能力を生かして平沢関連の英語翻訳ブログを始めたおかげで、私たちの平沢作品への理解がより深まったことも感謝します。
 ・また、Sumireさんには、平沢作品に関する情報を収集したり、非常にユニークで面白い内容の記事を載せたりしているブログを運営してくれている事を、感謝します。同様に、彼のブログに記事を提供した海外のファンの皆さんにも感謝しています!Sumireさんのブログを読んだことで、正しいタイミングで、一生忘れないだろう決断を、夢を実現するという決断をすることができたのです。
 ・もちろん、東京でのファンイベントを主催してくれた人たちをはじめ、多くのファンの皆さん全員にも感謝しています。

Phase-3 計画

こうして、ライブの半年前に、私は日本へ行くことを決心しました。日曜大工に費やしていたお金と時間を使うのを中断しました。代わりに、余った時間で旅行ガイドを読んだり、インターネットで他の旅行者の口コミを調べたりして、日本への旅行について事前に学ぶことにしました。それらを元に、私達は、日本にある、街や、記念碑や、施設やアトラクションのなかで、どれが一番面白そうか選び、旅行の計画を立てました。今振り返って見ると、この時、旅行の計画を立てていた時期は、期待に満ちていて楽しい時でした。日本の色々な街や場所について読んでいると、自分たちがこれから実際に行くことができる場所について、未知の情報を発見できることが、本当にエキサイティングでした。

最初の計画では日本での旅行は1週間の予定でしたが、日本の様々な場所について知るにつれて、行きたい所が増え、予定を2週間に伸ばすことにしました!とにかく、メインのイベントである平沢さんのライブは旅行の最後に、最後の週末になるようにしました!

旅行全体の費用を安く押さえることにしましたが、まだまだ節約する必要がありました。航空券を探していた時、KLM航空の「アクション・プライス」という航空券が、往路はプラハからアムステルダム経由で福岡へ行き、復路は東京出発を選べるということを発見しました。私は即座にこの選択肢が気に入りました。なぜなら、九州から日本へ上陸すれば、そこから東へ旅をして、最後に東京から出発できるからです。日本のなかで来た道をまた戻らなくてもいいのです!また、7日間有効のJRレイル・パスを事前に購入したので、新幹線、JRローカル線やフェリーの運賃まで、日本国内での電車移動はこれでほとんどまかなえました。

Lucyさんに私たちの日本行きの計画を伝えると、福岡でファンイベントの主催をやっている彼女は、ライブの1週間前の週末に、私達を福岡で地域のファンの皆さんが歓迎してくれる素敵なイベントを計画してくれました(2015/11/21~22)。続いて、その他のファンの皆さんが東京でのファンイベントを、3日間のライブの前後の時間帯に計画してくれました(11/27、28、29)。その結果、私達の旅行の計画は、平日は個人的に行きたい場所に行き、2度の週末は平沢ファンのイベントやライブに参加する、という有意義なものになりました。これが基本的な計画で、細かいプランはその後決めました。

Phase-4 出発!
 
福岡に到着すると、最初の2泊は熊本へ行き、泊まりました。(熊本では、熊本城、細川家旧邸宅、水前寺成趣園など、有名な場所を訪問しました。)次の2泊は福岡とその周辺で、九州の平沢ファンの皆さんと過ごしました。(太宰府や篠栗町の南蔵院などへ行き、土曜と日曜の午後には福岡市内でファン・イベントに参加しました。)次の2泊は広島でした。(平和公園周辺の記念碑と博物館、呉市海事歴史科学館、宮島の神社と寺、宮島弥山《みせん》の登山...。)

(Chapter4)
<福岡でのウェルカム・パーティ、小旅行とカラオケ>

まず最初に、Lucyさんが「Welcome to 福岡!」という私達を歓迎するためのイベントを企画してくれたことが非常に嬉しく、彼女にはたいへん感謝しています。このイベントなしには、私達は、地方のファンがどんなに素晴らしい人達かを知ることは到底できなかったでしょう!さらに、ペルー出身でアメリカ在住のBryanという、とても才能があり優しい若者が、同じ日に福岡に来て過ごしてくれたことも非常に嬉しかったです。このようにして、ライブの一週間前の週末は、福岡で九州のファンの皆さんと過ごすことができたので、とても楽しかったです!!

福岡での1日目、土曜日には、太宰府近辺への小旅行に皆さんと参加し、打ち解けることが出来ました。この日のイベントでは全部で9名ほどの人達と出会いました。最初に太宰府天満宮を訪れました。Lucyさんやその他の皆さんの助けで、神社に入るときの作法を教えてもらったのでやってみました。その他にも、天満宮の境内や参道のあらゆるものについて、色々なことを教えてもらいました。

その後、日本の伝統的な料理:和食の、居心地の良いレストランで昼食を楽しく食べました。

昼食後、神社とは非常に対照的な現代的な建造物の中にある、九州国立博物館へ行きました。その日は「美の国・日本」という、博物館の創立10周年を記念する特別な展覧会が開催されていました。この展覧会は非常に希有なものであり、多くの日本の人々も来館していました。

様々な展示品の中で、私が最も興味をもったのは、「土偶」と呼ばれる置物でした。
(「土偶」に関するwikipedia《英語》のリンク: https://en.wikipedia.org/wiki/Dog%C5%AB)

(「土偶」wikipedia《日本語》はこちら:https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E5%81%B6)

「土偶」というものは、私にとってそれまで、エーリッヒ・フォン・デニケン(Erich von Daniken)の未確認の理論を通じてのみ知っていたものでした。その理論というのは、「土偶は古代に地球を訪問した宇宙から来た飛行士をあらわしたものである。なぜなら、ベルトの締める部分やヘルメットのゴーグル部分の開閉部が現代的な形をしているからだ」というものです。この考え方に関連して、私として付け加えるならば、現在の日本の様々な製品も、他の世界から来たもののように見えます。:-)

夕方、福岡市内に帰って来た私達は、Sumireさんと合流し、短時間のカラオケ・パーティをやりました。これはとても良い考えでした。全員が充分楽しめました。カラオケ・パーティについては、後程まとめて述べます。

この日、土曜日(11/21)の最後は、Sumireさんが個人的に薦めてくれた店の、とても美味しいラーメンで締めくくられました。その店のラーメンは、私達が日本の旅行で食べたラーメンの中で一番美味しいものでした!あの活気のある店、美味しいラーメン、そして夜の福岡の繁華街の景色は忘れられません。

福岡での2日目、日曜日の朝、私達は少人数で南蔵院という福岡市に近い宗教的な場所であるお寺に行きました。巨大な美しい釈迦涅槃像を見に行ったのです。巨大釈迦涅槃像を見に行くまでに、電車をいくつか乗り間違えたため、少し混乱した小旅行となりましたが、前日太宰府天満宮で引いたおみくじにその事が予言されていたので、驚く理由はありませんでした。:-)

午後、私達は再びカラオケに行きました。今回のカラオケでは、前日より多くのファンの皆さん(14名)が集まり、カラオケ・ルームも2部屋借りました。また、Lucyさんが準備した、スペシャルな「ヒラサワ曲名当てクイズ」も行われました。このカラオケ会について少し書きます。

九州の平沢ファンの皆さんがどんなに歌が上手いかは、言葉では言い表せないほどです!(そしてBryanもとても歌が上手いことがわかりました。)私達はこれらの2つのカラオケ・パーティの一瞬一瞬を楽しみました!特にSumireさんとBryanがデュエットで歌った「キャラバン」という曲やその他の曲が、私には忘れられません。
※その時の様子の記事⇒Bryan&Pavelオフ会覚え書き

ところで、Bryanは、日本に来る前にアメリカの自宅で準備してきたローマ字表記の歌詞を印刷したものや、スマートフォンで素早くローマ字歌詞をその場で探して、好きな曲を歌っていました。:-o そして忘れてはいけないのは、素晴らしいGharkさんが、平沢曲を誰かが歌う度に、必要な様々な種類の楽器の音を「くちギター」等で声だけで補完してくれたことです!

認めなければならないのですが、皆さんが歌った(平沢)曲のうち、何曲かは私の知らない曲がありました。しかし皆さんがカラオケで歌うのを何度か聴くうちに、それらはすぐに私の新しい大好きな曲になりました!それらの曲の多くは、後日Shop Mecanoで購入したCD 「Archetype」に収録されていたので、このCDを今聴く度に、福岡のカラオケで最初にそれらの曲を聴いた時の記憶が直接甦るのです!!そのお陰でこのCDは忘れられない特別な思い出付きとなりました!!

「フ・ル・ヘッヘッヘッ」のような「変わった」曲が、その「型破りな」歌詞にも関わらず、どんなに皆さんにカラオケで愛されているかを知り、非常に驚きました!:-)

また、興味深いことに、チェコの作曲家B.スメタナ作曲の「モルダウ川」という曲(Vltava Moldau)を、日本の人達が、私が初めて聴く日本語の歌詞で歌ってくれたことが非常に嬉しかったです!(yamaさんがカラオケでその曲を見つけてくれて、Lucyさんが歌ってくれました。)チェコの原曲(オーケストラ曲)には歌は付いていないため、驚きました!:-)

日曜日(11/22)のカラオケの後半で、Lucyさん主催の「平沢進/P-MODEL曲イントロ当てクイズ大会」が開かれました。ここでまたもや私は本当に、本当に、驚きました。何人かのファンの皆さんが、どんなに短時間で平沢曲の名前を当てることが出来るかを目の当たりにし、信じられませんでした!

特にSumireさんとGharkさんはしばしば、各曲の最初の2秒を聴いただけで曲名を当てていました!!他のファンの皆さんも努力していましたが、二人に割り込むことは少なく、多くの場合この二人のエキサイティングなバトルとなりました。:-)

短くまとめると、福岡でのカラオケは非常に温かい雰囲気で、たぶんそれはOsamahさんのエッセイで述べられていた内容と似ていると思います。
※Osamahさんエッセイ記事リンク⇒サウジアラビアのHirasawaファン-2 Over-enjoy!

(Chapter 5)
<福岡2日目の居酒屋そして...また会う日まで、福岡!>

日曜日のカラオケの後、居酒屋でのパーティがありました。他のお客とは仕切られた広い一部屋で、貝類や魚の刺身などを含む地元の食べ物や飲みものやお酒が出されました。魚の刺身などはチェコでは私の大好物ではありませんでしたが、日本では、以前自分の国で食べたものと比べてかなり美味しかったです!魚の新鮮さや、材料や調理法の違いでしょうか?それとも日本独特の雰囲気のお店で食べたからでしょうか?とにかく、私達の旅行中、日本のどこに行っても、日本の料理は私達を満足させてくれました。

お返しに、日本のファンの皆さんに、チェコの我が街で作られた、蜂蜜のお菓子を味わってもらいました。この感動的な居酒屋パーティの終わりがたに、これらのイベントを私たちの為に計画してくれたLucyさんと、私たちを温かく歓迎してくれた全員のファンの皆さんに、感謝の言葉を述べました。

自信を持って言いますが、九州のファンの皆さんは、本当に素晴らしい(beautiful)方々です。そして、九州というのも本当に美しい(beautiful)場所です。
熊本では、私は故郷にいるように感じました。とても静かで、広々としていて、緑が多く、後に訪れた日本の他の都市よりも観光客が少なく、東京の忙しくはりつめた雰囲気とは全く違うと感じました。

ですから、居酒屋パーティの後、福岡の街で皆さんに別れの挨拶をするのは、まるでもう会えないかのように、少し淋しかったです。しかし、福岡で会った人たちの多くにまた東京で次の週に会えることがわかっていたので、うれしくもありました。幸い、そのような淋しい気分は、その後の5日間、親子二人の旅で日本の美しさに触れることにより、消し飛んでしまいました...。

(Chapter 6)
<ライブ1日目:東京での再会の金曜日>

次の週末、待ちに待った3日間のライブの期間中は、Lucyさんが東京やその他の地域の皆さんと協力して計画してくれた、ファンの集まりや行事に参加しました。最初の場所は、金曜日のライブ後に海外からのファン数人で集まった「マンダラ」というインド料理店でした。
そこで、BryanさんとLucyさんに再会し、私が初対面だったのは中国のCanoさん、サウジアラビアのOsamahさん、インドネシアのSariさん、アメリカの若い女の子のCheyさんでした。この日の夕方東京に着いた私たち親子を除いて、皆さん「World Cell 2015」ライブ初日を既に体験したばかりでした。しかしライブについてはあまり話しませんでした。食事後、私たちが泊まる共通のホテルに向かい、このようにして東京での最初の夜は終わりました。

(Chapter 7)
<ライブ2日め:GAZIO訪問とMecanoでの買い物>

土曜日の朝、私達(同じホテルに泊まっている海外からのファン仲間)は一緒にホテルを出発し、地下鉄と電車に乗ってつくば市のcafe GAZIOへ向かいました。そこで、平沢進さんのお兄さんでファンの為のカフェGAZIOを経営している、平沢YOU1さんについにお会いできました。

GAZIOに来ていた人たちの中には、さらに初めて対面した、私がGreen Chatで長い間交流してきたteteitaさんと rocofuさんもいました。ついに彼らに実際に会うことができて非常に嬉しかったです。また、同じくGreen Chatで知り合った千年兎さんは、なんと家族で、ご主人とお子さん三人まで連れて来てくれたのです!

GAZIOで皆さんに会えたのは本当に喜ばしく素敵でした。その中で私が一番嬉しかったのは、子どもたちの一人の小さな女の子がチェコ語で挨拶をしてくれたことです!私は非常に驚きました!今までにヒラサワファンの中でチェコ語で挨拶してくれたのは、「外国語学習好き」のCanoさんと、この女の子だけです。;-)

GAZIOの全体的な雰囲気は、非常にユニークでした。店内のワイド画面では録画でP-MODELの有名な曲がかかり、陳列棚にはP-MODELや平沢進さんの有名なアーティファクトやステージ・アイテムが並んでいました。私はそれらを近くで観察し、技術的な完成度や、臨機応変な独自性に驚嘆しました。 :-) 平沢さんの博物館にいるようで、本当にそこは私にとってパラダイスでした。それらのアイテムひとつひとつが歴史の一片を形成しているのだと認識しました:それらが使われた時は過ぎましたが、それらのアイテムは残され、関連する曲はこれからもずっと流れ続けるのです。

私達はGAZIOの、平沢さんがライブ中に楽屋で食べるメニュー:ベジタリアン・マクロビオティック弁当を食べました。それは私が想像していたものより遥かに、驚くほど美味しかったです。楽屋弁当を食べながら、私は平沢さんがこの弁当を食べる時と同じ気持ちになった気がしました。:-) この弁当には「Gazio」と印刷された紙テープが付いていたのですが、これを私は思い出の品として、国に持ち帰りました。私はまた、「庭師King」という名前のカクテルを飲みました。なぜなら、私は同名の曲が好きで、また、最初のWorld Cell ライブのオリジナル・ストーリーは「庭師King」という登場人物と深く関連していたからです。 

私達のGAZIO訪問は記念すべきものとなりました。なぜなら、この日から3日後に、YOU1さんは店を閉店されたからです。私達はGAZIOのお店の前で皆で集合写真を撮りました。嬉しかったですが、GAZIOがCafeとしては閉店することを、私は内心悲しく思いました。しかし、ファン達が会えるGAZIOの代わりになる場所が、将来できることを願っています。

東京へ戻ってから、私たちは Shop Mecanoへ行き、そこで皆それぞれ、CD等を買いました。驚いたのは、Mecanoには、Teslakiteオンライン・ショップよりも多くの種類の平沢進/P-MODELのCDやDVDがあることでした。それで私は何を買うべきか決めるのに少し時間がかかりました。最終的に「Archetype 1989-1995 Polydor Years of Hirasawa」という2枚組CDを選びました。これは良い選択でした。なぜなら、数日前にカラオケで聴いて気に入った曲が何曲か収録されていたからです。:-)

Mecanoでの買い物の後、近くの商店街にある定食屋さん(ここはMecano店長の中野さんに「オススメの店はありませんか?」と尋ねて教えていただいた店なのですが)に行きました。そこで私たちはライブ前の腹ごしらえとして、リーズナブルですが美味しい遅めの昼食を食べました。

(Chapter 8)
<ライブ最終日:「夢の島思念公園」のベンチの上で>

日曜日の朝、私達は、同じホテルに泊まっている海外からのファン仲間やその他日本の友人達と、「妄想代理人」サウンドトラック収録の曲「夢の島思念公園」と関係の深い東京のある場所へ行きました。そこは「夢の島自然公園」という場所です。この曲名は、この公園の名前をもじったものだと考えられています。私たちはこの静かな公園内を歩き、曲の中で歌われているように「ベンチの上」に座って、この曲について思いを巡らし、話をしました。その後、公園内の歩道を歩いて東京湾の一部の海を見に行き、船が2~3艘、行き来するのを見ました。また、公園内にある植物園の中で歩いたり、休憩したりして、熱帯雨林の植物を興味深く楽しみました。その後はゆっくり出口まで歩いて戻りました。この公園を歩いている間中、「夢の島思念公園」の曲が私の頭の中で脳内再生されていたことは勿論です!その時の気分は本当に印象に残っています。「本当にここに来たんだ!」という気持ちでした。

その日の午後のライブ前の時間は、「東京テレポート駅」まで「テレポート」し、お台場の「ガンダム」のクレージーな展示施設「ガンダム・フロント」へ行きました。そこには建物の前に巨大なガンダムのロボット像がそそり立っていました。ここへ行きたいと最初に言ったのはBryanでしたが、私達親子もそのプランに乗りました。そこで私は東京のクレージーな雰囲気に浸り、知らなかったものを発見しようと思ったのです。この施設ガンダム・フロントで、奇妙な3D映画を楽しみ、ガンダムのロボット達と一緒に写真を撮り、その後やっと昼食(カツ丼)を食べました。その後はまっすぐライブ会場へ向かいました。

(Chapter 9)
<Penpenさんのカラオケ会とひろさんのライブ最終日居酒屋パーティ>

3日間のライブ中、ライブ後には何かしらのファン・イベントに行きました。土曜日のライブ後には、Penpenさん主催のカラオケに行き、また日曜日のライブ後には、Mr.ひろさん主催の居酒屋での大きなパーティに参加しました。

特にひろさんの居酒屋パーティでは、もっともっと多くのファンの皆さんに会い(40人位)、その中で数人は福岡で会った人たちや、土曜日にGAZIOやカラオケで会った人たちでしたが、その他にも多くの人たちが集まっていました。その皆さんの中で、TwitterやGreen Chatでお名前を知っていた人も多かったです。残念ながら、この東京での居酒屋パーティは2時間程度と短かったので、それだけたくさんの人たち全員と話すのは難しかったのですが、それでも初対面のMartinoさんやZeldaさんや、隅でラップトップでカラオケを作っていた青年や、その他多くの人たちと出会うことができました。そこでは時間があっという間に過ぎました!

(Chapter 10)
<ライブ・ショー>

これが今回の旅行の本当のハイライトでした。ライブ・ショーは全ての私の予想をはるかに上回る素晴らしさでした。ライブでの体験は、どのCDやDVDにも代えられないものだと言うことができます。本当に、ライブで直接聴いた全ての曲が、その後永遠に、自分にとって特別なつながりを持つことになるでしょう。私はそう思っています。ライブに行って、そう思うようになりました。

ライブ公演は東京ドーム・シティ・ホールで行われました。そこは大きく、とても居心地の良いホールでした。とても良いホールが選ばれたと思いました。ライブは3日間連続で行われましたが、私たちは2日目と最終日(2015/11/28、29)に出席しました。全てのショーで基本的にCD「ホログラムを登る男」からの曲全てが演奏され、他の曲も数曲演奏されました。私が初めて聞く曲も少し有りましたが、全ての曲が素晴らしかったです。

ホールに着くと、開演前に建物の前には多くの「馬の骨(horse bones)」達が、長蛇の列を作っており、それが何度も折り返して非常に行儀よく並んでいました。日本では普通のことかもしれませんが、私にとっては驚くべきことでした。それぞれの折り返し地点に係の人がいて整列させ、細い列がきれいに折り返していたのです。

それから私たちはようやく ステージの前(1F) の座席に着き、開始を待ちました。しかしここで、開演前にも私を驚かせたことが有りました。初めて聞く曲ですが、ポーランド語の曲が鳴っていたのです!私はチェコ人なのですが、ポーランドとの国境近くに住んでいたため、子どもの頃、ポーランド語のテレビ番組をよく見ていたため、ポーランド語もかなりよく理解するのです。とにかく、その場所で、日本で、まさかヒラサワ・ライブで、ポーランド語の曲を聞くとは夢にも思いませんでした!それは大きなパラドックスでした。日本語を全く解さない外国人の私が、東京のヒラサワ・ライブの開演前のBGMで、日本人の観客が理解できない言語で歌われた歌詞を、理解できたのですから。 :-o なぜ、これらの80年代のポーランド語の曲が開演前のGBMとして選ばれたのか、非常に興味があります。:)

いよいよ、ライブが始まりました。ショーはまずイントロと映像からはじまり、その映像は、ショーの途中でも何度か繰り返されました。それが非常に気に入りました!非常にリラックスさせる音楽をバックにして、平沢さんがWorld Cellのストーリーを話すのです。それはアルバム「救済の技法」の最後のインストゥルメンタル曲である、”World Cell” から取ったテーマ曲だと思いました。わたしには、平沢さんの話すストーリーの内容は分かりませんでしたが、平沢さんが本当に安心できる良い声で、お父さんが話してくれるおとぎ話に聞き入る子供になったような気がしました。 :-) 本当に、その声を一晩中でも聞いていたいくらいでした...

しかし、その後、ショーは、「舵をとれ」という曲とともに始まりました。もちろん、私を含めたファンの中には、この曲を聞いて、有名な曲”Forces(フォーセス)”を思い出し、 "Hai Yai Forces" とこっそり口ずさんだ人も多いでしょう。とにかく、このエネルギッシュな曲を一曲目に聴いて、私には嬉しい驚きでした!

次に"Avtar Alone"がテンポの速いドラマチックな曲調で演奏され、ヒラサワ音楽の典型的な止まらないとどろきが始まりました。

次の曲”Adios” は、平沢さんがレーザーハープを演奏した事が印象に残っています。私は特にこの曲の間、平沢さんがレーザーハープを演奏するのを注意深く見ていたのです。

「回路OFF回路ON」と”MURAMASA”は私の一番好きな曲ではないのですが、ライブで聴けて良かったです。

「異種を誇る『時』」・・・この曲を把握するのは、手で水をすくうのが難しいように、とても難しいと思います。良い夢のようなものですが、終わってみると、自分が何を感じたのかを表現するのが極めて難しいのです。この曲には多くの考え方や、感覚や、瞬間の数々が、隠されています。ですから、この曲の感想を述べるのは難しいです。時を超越した曲です。

"Wi-SiWi" この曲は、私が今回のライブの中で最も平沢さんの歌声を称賛した曲です。この曲の最も難しそうな部分を良い声で歌うとき、平沢さんが頭を少し後ろに反らして歌っていたのを憶えています!

「火事場のサリー」という曲では、平沢さんは、静かなギター・パートを弾くため、ステージ上の、一列目の観客に近い場所に異動して(腰かけて)演奏しました。それはとても特別な時間でした。残念ながら、私達は、その様子が良く見えるステージ真ん前のエリアにはいなかったのですが。:)

「ホログラムを登る男」という曲は、インタラクティブ・ショーの盛り上がりの部分で演奏されました。複雑な曲で有るため、インプロビゼーションの為の余裕はあまり無いようでしたが、完全に集中した演奏でした。

ショーの終わりに近づき、「鉄切り歌」が演奏されました。この曲はいつも悲しげでノスタルジックに聞こえます!この曲をライブ中に観客の皆さんと一緒に歌いながら、「ショーは終わりだよ。だけど泣かないで。また会えるから」と言われているような気がしました...胸がいっぱいになりました!

平沢さんと共に、ギタリストのPEVO 1goさんがサポートとして演奏していました。時々、二人はレーザーハープを演奏しました。PEVOさんのレーザーハープは頭上に設置されていて、平沢さんのレーザーハープと比べて演奏しにくそうな位置でしたが、PEVOさんは上手に弾いていました。ある曲(MURAMASA)では、なんと手の代わりに日本刀を使ってレーザービームを操っていました!

今回のショーはインタラクティブ・ショーだったので、曲の演奏の他に「インタラクティブ(相互作用的)な」部分があり、聴衆は「コード・シューター」と呼ばれ、特定の音楽コード(和音)を歌うことによってショーの進行が決定されていきました。しかし、私はこれにはあまり重きを置かず、「投票」は日本人のファンの皆さんに任せ、それには加わらないでいました。私は個人的に、それよりも、聴衆が歌う2種類の和音がどのようにして録音され、分析され、次の進行プロセスに影響するのか、を見守る事がとても面白く感じました。そればかり考えていました... :-) 

しかし日本人のファンの皆さんは、もちろんこれに真剣に参加していて、シューティング(投票)が思い通りに行かないと、がっかりしていました。そしてファンの皆さんは、インタラ終了後、ショーの結末に満足していなかったと、また平沢さん自身までがそうだったと、聞きました。彼らは、目標は達成できなかったと感じたようです...

しかし、私にとって、目標は達成されました。平沢進さんをライブで観ることができたのですから!

今回のインタラクティブ・ライブ・ショーに出席することができて、本当に嬉しかったです。自分が今回日本に行くことを決心したことは一生後悔しません!

読んでいただき、ありがとうございました。

Pavel

日本語訳Lucyさん


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Lucyさんによる後書き

17歳の息子さんを連れてはるばるチェコから、ススム ヒラサワのライブを観るために、父子で日本へ来たPavelさん。

かつてGreen Chatに彼が来ると、それまで日本語でChatしていた日本人ファンも、とたんに英語でchatを始めるというスゴい光景。英語が得意でない方も翻訳サイトを活用して必死で英語を打ち込んでいたとか。そこでは中国の方やサウジアラビア、ブルガリアの方々などもchatに参加していました。ファンの国際交流はそのようにして始まっていたのです。

その中でも、遠いヨーロッパの国から、Pavelさんが日本に来ると聞いたときは驚きました。これは大歓迎するしかない!となりますね。福岡と東京、つくば訪問と、ライブと前後のファンイベント参加、外国勢も日本の人たちも沢山参加して、本当に楽しかったです。

ところで、「17歳の息子さんが11月後半に2週間日本へ旅行?夏休みや冬休みでもないのに、学校から許可は下りたの?」と思いますよね?

Tomas君が、チェコの高校の校長先生に「休暇届け」を出しに行ったところ、このような会話があったとか。

校長先生「どこへ旅行に行くの?」
トマス「日本です」
校長先生「日本へ、何をしに?」
トマス「ススムヒラサワのコンサートを見に行きます」
校長先生「ヒラサワって誰?」
トマス(スマホでYou tubeの動画を見せる)
校長先生「素晴らしい音楽だね。休暇を許可しよう」

このようにして、めでたく休暇は許可されたとのこと。理解のある校長先生でよかったですね。

Pavelさん、Tomasくん、ヒラサワライブの体験に、さらにかけがえのない、国を越えたインタラクティブ体験を加えてくれて、ありがとうございました!

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(英語 原文)


Introduction by Sumire Hoshino

Another long essay by a Hirasawa fan from abroad after a long time. This one was written by Pavel from Czech Republic, who visited Japan and attended Hirasawa Interactive Live Show 'World Cell 2015' with his son. (Amazing!) This is the fifth essay by fans from abroad after Osamah(did 2 essays) from Saudi Arabia, Cano(Inu-Fuusen) from Shanghai, China, and Bryan from Peru/USA.

■Osamahさんインタビュー【Interview with Osamah, Saudi Arabia】

■Osamahさん来福記録【Osamah"s Trip to Fukuoka】

■犬風船さんインタビュー【Interview with InuFuusen(Cano), China】

■Osamahさん日本旅行エッセイ【Osamah's Essay on Journey to Japan】

■Bryanさんインタビュー>【Interview with Bryan, Peru/USA】

After reading Pavel's essay, I understood how difficult and wonderful at the same time for a person living far from Japan to attend Hirasawa's live show in Japan. I am sure all people in Japan who met Pavel personally had the same impression as I did that he is a very gentlemanly and humble person, and his honest personality is reflected in his essay. Translation to Japanese was done by Lucy. Enjoy reading.

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Memories from World Cell 2015
Pavel(from Czech)'s Essay on 2015 Hirasawa Show and Japan

(chapter 1)
All started by randomly listening to movie trailers...


My story began in the year circa 2005 when I heard - quite randomly, while browsing internet - some kind of promo trailer with very interesting electronic music. It was so interesting that I started to search... Which movie is it from? Who made this soundtrack? I found out that it was a promo trailer for the anime 'Paprika' with the director Satoshi Kon and the author of soundtrack was Susumu Hirasawa.

So I started to search more of his songs and videos on youtube to find more of his beautiful songs. Meanwhile I found also the official pages of Mr. Susumu Hirasawa ->http://www.susumuhirasawa.com and also information about former, for me an unknown group, P-Model, which was closely related to Mr. Hirasawa. I was very happy that these pages were also in English, because we - overseas' fans - were able to enjoy this website, too! I registered myself as a user 'Pavel', which is also my real name, and visited Green Chat regularly. That was February 2011. Green chat was often empty, so I was uncertain whether the chat "works" or not... But later a fan called 'zibun' appeared and said to me "Hello there" for the first time! Later I found more fans this way, some of them were non-Japanese, and we talked not only about Hirasawa music but overall about Japan and the world and things around us.

It was surprising to know how many domestic but also foreign fans I met there. Once I met there a fan called 'Tom', who said he was not only from the same country as mine, but also from the neighbour city, only twenty kilometers from me!!!

Later I found Hirasawa's Twitter and there I found many more enthusiastic fans. "Horse bone" life in Twitter cyberspace today is even more intensive and interactive than it was on Green Chat, because of the influence of Mr. Hirasawa's daily tweets. And number of fans is still growing...

I remember when Mr. Hirasawa had 50,000 followers, about 4 years ago. It was celebrated by a funny event called 'Observing Hirasawa for 50,000 Seconds(Hirasawa Kanshi Go-man-Byo)', in which Mr. Hirasawa streamed himself while working in his studio for 50,000 seconds (approximately 14 hours). :-) I realised at that time that number of about 50,000 followers was similar to the number of citizens in my home city! And it's quite many people, when I look on the street during peak hours... My home city full of Hirasawa fans. I even imagined that when I walked on the street. Everyone around me knows and is listening to Hirasawa songs on earphones :-) Also when I watched my home city from distance, area of the city with all its buildings and distant public places was quite big, then I felt how many of his followers was that number.

However, in the meantime, number of Mr. Hirasawa's followers quickly increased to grandious 80,000+ now (as of May 2016) and is still increasing! So here our similarity ends, as probably no real city can grow so quickly :-)

チェコ1

チェコ2

チェコ3


(Chapter 2)
What I like in Hirasawa's music?


I like both P-Model and solo works. P-Model mostly for their sound with innovative characteristics, which is not comparable to anything similar I know. No other bands here in the '80s and '90s had similar sound. I like keyboards with the taste of extra terrestrial, outer spaced tone and the computerized beeps played together with electronic drums and other musical accompaniments, in quite quick tempo. It sounds to me like P-Model was playing quite different electronic instruments than other musicians these days! In reality, it was created by Mr. Hirasawa's workmanship as a musician and his computer skills which gave the band such sound, which was more interesting and distant from other bands. Especially I like those short scratches or chutes used at the end of some parts of his music, used like an artist's signature on his art piece.

Later, in solo carrier, I like extended usage of other new types of musical instruments, which often adopted sounds of traditional Japanese musical instruments. It all made his music so fresh and distinctive again. In the latest time, I like the very complex songs like "Aria" and the songs from his latest album, "The Man Climbing the Hologram". These are real masterpieces!

Of course I also like singing of Mr. Hirasawa very much. His singing voice in "Wi-SiWi" in the last interactive live show is my latest favorite. And playing guitar? It is also unique. I like his guitar playing style while it is fixed "on a stand". Of course, I like his laser harp and playing Tesla Coil, too. I like that he is such an innovative musician, of course. :-)

But I admire not only his technical ideas but also his personal independence, ability to go openly against mainstreams of any kind, to go his own way. And, by that I mean, not only mainstream of music, but mainstream generally. For example, he openly presents his own political opinion against wars and so on...

(Chapter 3)
How I got from visiting "No Room" to visiting the live show in Tokyo finally?


By using the terms by Mr. Hirasawa, I have devided this chapter into a few phases:
Phase-0: Dreaming

Of course, I was dreaming about visiting his live shows in Japan from the beginning, but unfortunately, estimated price for such a travel looked quite high. Anyway, much higher than the usual price for my regular vacation traveling which I do, more or less, every year. Therefore, visiting Hirasawa live show in Japan is not like visiting some live show here in my home country, or in a neighbouring European country. In this matter, I took into account the main two things:

First, I can't imagine to visit only Hirasawa show, without more exploring in Japan! Really, when it comes to visiting Japan, I would like to enjoy and see as much as possible. So different and interesting country is Japan! Moreover, price of the flight from Europe to Japan and back is quite a significant part of overall price, so it is reasonable to enjoy Japan for more days, not only a few days of the live shows. And more days means to prepare more money for the trip.

Second, I did not want to travel and enjoy Japan alone, I wanted to share all my adventures, surprises and happiness with someone. It would be only a partial enjoyment for me if I don't. Therefore, I decided to take my 17-year-old son, Tomas, as my companion for this travel, mainly because he partially knew Hirasawa music (from me, of course) and he liked it. Moreover, he also liked and admired everything that is Japanese, just like me. There was yet another, rather unspoken reason to take him with me: The reason was to give him, only a few days before his 18th birthday, some really unbeatable experience to his life, the experience which we together would remember and never forget. And because nobody knew when we would realise a similar big travel together again... probably not in the near future. Our travel plan was a too big one to make it into reality every year, at least in my case. But travelling in two meant paying double money for everything, so that was another reason why I deferred this travel for some time.

Phase-1: Waiting
So, a partial problem was to collect enough finances to fully enjoy Japan in the preferable quality and without any stress. Unfortunately, saving the amount needed for Japanese trip was still deferred, as we had a small priority in various "do-it-yourself" reconstructions of my home, which needed some money too. My outlook was therefore bad: It was not easy to realise my dream until the next year or two, and moreover, this term had been again and again postponed to the future this way.

Phase-2: Decision *
But in spring 2015, after a few years of dreaming and waiting, in a certain moment, something inside me broke and I said, "STOP". I decided to finish this tedious waiting. Simply, I decided to pause my reconstruction works at home for a few months. So in this simple way I saved the required money for our travel to Japan and to visit the live show :-) I thought, "Let the work on the home wait for a while, I can't wait for the live show anymore!"

For this decision of mine I would like to say many, many thanks especially to the Japanese fans, Lucy and Sumire:
To Lucy for actively communicating with fans in Japan and overseas, announcing and moderating various fan news, and also for organizing fan events which allowed us to meet with the fans in Japan and to enjoy music and Japan personally together. Also many thanks for using her language skills to start a new blog with translations, which is helping us to understand Hirasawa works.

Also thanks to Sumire for collecting information about Hirasawa works and running his blog with very interesting, unique contents, as well thanks to every foreign fan who contributed to his blog! Reading his blog helped me to make a decision to go ahead and achieve my dream, the decision in the right time, the decision which I would never regret.

Of course, there are more people to say thanks to, including organizers of all events in Tokyo and near Tokyo, and all fans.

Phase-3: Planning
So, after my decision, a half year before upcoming live show, I paused my spending of money and time related to home works, and instead I used my saved time on studying of travel guides, internet sources, reviews and tips by other travelers. Based on it I made our own travel plan, which contained the places, monuments and attractions in Japan which interested us the most. From today's point of view, that time - time of planning - was really nice and full of expectations. I really enjoyed even discovering all of these places which we could eventually visit in Japan. Reading about them was so exciting.

My initial plan was to visit Japan only for a week, but I extended it to two weeks when I found how many places in Japan I want to visit! Anyway, Mr. Hirasawa's live show was at the end of our trip, in the last weekend, as the main highlight of the trip!

All trip I tried to make economical, but still comfortable enough. While booking of our flights, I found "Action Prices" on the flights by KLM from Prague over Amsterdam to Fukuoka, with some possibility to choose Tokyo as departure airport for the flight back. I immediately liked this option, as it would allow us to arrive to Kyushu, then pass Japan from west to east and the trip ends in Tokyo - with no need to return using the same way! I also bought 7-day JR rail passes for us, which payed off most of our train transfers including Shinkansen, local trains and even ferry trips.

Soon after I announced my plan to Lucy, our fan "coordinator" from Fukuoka, she organised a very nice invitation for us in Fukuoka, together with local fans, in the weekend before the shows. Subsequently also fans in Tokyo organised together a program for every afternoon of the show on the next weekend, so resulting plan was a rich mix of our individual programs over all weekdays, and common fan events on two weekends. That was the basic plan for our trip, entire plan was later exactly fulfilled.

Phase-4: Go!
After arriving in Fukuoka, we headed to Kumamoto for the first 2 nights (there we visited famous places like: Kumamoto Castle, Former Hosokawa Mansion, Suizenji Jojuen Garden).

Next 2 nights, we stayed in Fukuoka and around, together with local fans (we visited Dazaifu, Nanzoin Temple and had a common program every afternoon).

Next 2 nights in Hiroshima (visited the monuments and the museums around Peace Park, the Naval Museum in Kure, Miyajima Island with its temples and shrines and climbing to Mt. Misen...).

Next 2 nights in Seta City in Shiga Prefecture (a city close to Kyoto, our base for trips to Kyoto, monkey park in Arashiyama, toriis《red gates of shrines》) in Inari Shrine, and the ninja city Iga).

Last 5 nights we stayed in Tokyo with fans, to attend the live shows and some fan events. Finally, 2 days of individual sightseeing of Tokyo we added after the show days, before departure from Narita.

(Chapter 4)
Welcome in Fukuoka, common trip and karaoke


First, I am very glad that Lucy organised this "Welcome to Fukuoka" party! Many thanks for it. Without it we would have hardly found how beautiful local fans really are! I am also very glad that Bryan living in USA arrived to Fukuoka too, as he is a very lovely and talented young man. The weekend before the shows which we spent together in Kyushu fans was therefore so beautiful!!

On the first day in Fukuoka, Saturday, we familiarized ourselves with the local fans in the common trip to Dazaifu. On this event we met overall count of 9 fans. At first we visited the areal of Dazaifu Tenmangu Shrine there. Lucy, with the help of others, explained to us the rituals practiced by Japanese visitors when they enter a shrine and let us to try them. We welcomed it, as well as any info given to us about anything on our path through the areal. There we also enjoyed lunch(tempura udon) in pleasant Japanese restaurant, in traditional style. After lunch we moved to a strongly contrasting, really modern building of Kyushu National Museum. The exhibition was a special one, on the 10th anniversary of their first opening, called: "Japan, Country of Beauty". There were many Japanese visitors, because this exposition was really very unique. For me the most interesting thing was, between others, the figurine called Dogu, < https://en.wikipedia.org/wiki/Dog%C5%AB > , known to me so far only from the conspiration theories of Erich von Däniken < https://en.wikipedia.org/wiki/Erich_von_D%C3%A4niken >, claiming that "these figurines depict extraterrestrial astronauts, the ancient visitors to Earth, because they have modern fastenings and eye apertures on their helmets" :-) I can only add - from this point of view - that many modern products in Japan really look like they are from another world, even now. :-)

After returning to the central Fukuoka City in the afternoon, our group joined with Sumire and we all decided to make a small karaoke party. This was very good idea and everybody of us fully enjoyed it, as I summarize later. At the end of this Saturday we finished by excellent ramen, in a restaurant recommended personally by Sumire. That was really the best ramen that we ate in our Japan trip! That lively restaurant, great ramen and night streets of Fukuoka we will never forget.

On the second day in Fukuoka, Sunday, we made only a smaller trip - we visited, in a small group, a really spiritual place near Fukuoka, Nanzoin Temple, with the giant, nicely shaped statue of "Reclining Buddha". On our way to the "Daibutsu" we entered some bad trains, so our traveling was a little complicated, but it was forecasted in the colored paper(o-mikuji/fotune telling paper) at the shrine the day before, so there was no reason to be astonished. :-)

In the afternoon we had a karaoke again with 14 people. This time was bigger, with more fans, two rooms and special Hirasawa's song name quiz, especially prepared by Lucy. Let me remark a few words about it.

It is hard to describe how good all of Kyushu fans (and as it turned out also Bryan) are in singing! We enjoyed every minute of these two karaoke parties! Some songs as 'Caravan', more times sung in duet by Sumire & Bryan, stays for me unforgettable. By the way, Bryan managed to sing his favorite songs not only from the texts in Romanji pre-printed at home, but later also unprepared, quickly found Romaji, right from his smartphone :-o And of course, anytime when needed, fantastic Ghark supplied all kinds of missing sounds to every Hirasawa and P-MODEL's song, to make them complete, generating the sound on his mouth!
Link⇒Bryan&Pavel

I admit, I did not knew some of these songs before, but after listening to the singing a few times on karaoke, all of them became my new favorites very quickly! Moreover, many of these songs are on CD which I bought in Mecano later. So when I play this CD now, my memories return to me directly, to our karaoke in Fukuoka, where I listened to them for the first time!! So special, and unforgettable relation I have with those songs now!!

I was quite amazed from a "weird" song like 'Fu ru he he he', how much it was loved on karaoke, in spite of its unconventional lyrics! :-)
To my surprise, I was also very pleased by some Japanese fans singing for me the classic song: Vltava (alias Moldau, from Czech composer B. Smetana), which was provided with mysterious Japanese lyrics! It was a surprise, because original Czech work does not has any lyrics at all :-)

In the last part of Sunday karaoke party, there was a time for the Hirasawa song name quiz conducted by Lucy. Here I was really, really surprised again. It was unbelievable how quick some of the fans were in identifying Hirasawa songs! Especially Sumire and Ghark - often it took them only 2 seconds of listening the beginning of a song for calling its name!! Despite best effort of all other fans, most of quiz was an exciting duel between them two, giving only few chances to others :-)

Shortly, the atmosphere in karaoke in Fukuoka was really warm. It was maybe similar as described already by Osamah in his essay. Link⇒Osamah's Second Essay on Japan and Hirasawa Fandom a> So I can recommend everybody to read it, too.

(Chapter 5)
Final Izakaya and then ..see you, Fukuoka!


After Sunday's karaoke, there was time for final Izakaya party with 12 people. We had a big Japanese tatami room, only for us, where many nice local foods and drinks were served. I tried foods I had never eaten before, like scallops in sea shells, as well as meat from raw fishes, despite they were not my favorites at home. But in Japan they tasted much better than I had known before! Maybe because of better meat, ingredients or preparation? Or atmosphere of original Japanese dining? Anyway, it was true for most of our traveling - everywhere in Japan we were very satisfied with any Japanese food. In return, I let our Japanese friends taste our honey sweets, produced in my home city. At the end of this hilarious Izakaya, I said my big thanks to Lucy for organizing these events as well as to all other fans for their warm welcome.

I can assure everybody that Kuyshu fans are the most beautiful people, and all Kyushu is beautiful as well! Actually in Kumamoto City I felt like in my home city - very calm, spacious and with green trees, and with rather less tourists than we met in other parts of Japan later. It is uncomparable to more nervous and hectic mood of Tokyo. Therefore saying goodbye on the street in Fukuoka, after the final izakaya, was a bit sad, just like before the final departure. But at the same time we felt happy that we would meet again - next week in Tokyo. Fortunately, all reasons for sadness left us very quickly, as beauty of Japan took our full attention for the next 5 days of our individual travelling...

(Chapter 6)
Reunion in Tokyo on Friday, first day of show


On the next weekend - the long awaited weekend of three live shows -and Lucy prepared, together with her friends in Tokyo and from other parts of Japan, the programs and meetings where we were invited. That started by the common dinner at an Indian restaurant "Mandala" on Friday after show. There we met with Bryan and Lucy again, plus (for me) for the first time with: Cano from China, Osamah from Saudi Arabia, Sari from Indonesia and Chey, a young girl from America. Some of us had already experienced the first day of World Cell 2015 show, but we talked about it only shortly. Soon we walked to our common hotel, and the first brief evening in Tokyo ended for us.

(Chapter 7)
Last visit of Gazio and shopping in Mecano, second day of show


On Saturday morning, we, the international fan friends who were staying at the same hotel, together headed by subway and train to Gazio cafe located in Tsukuba City, where we finally met the brother of Mr. Susumu Hirasawa operating the fan cafe Gazio - Mr. Yuichi Hirasawa. Among the visitors of Gazio, appeared the local fans, whom I had known for a long time from Green Chat, 'Tetita' and 'Rocofu'. I was very happy to meet them personally. Another Green Chat known friend, ' Millennium Rabbit' even arrived with her family, including her husband and their 3 children! That was so lovely that they arrived to the cafe nicely all together, but the thing that made me most pleased was when one of the children, a little girl, greeted me in Czech language! I was so surprised! As I know, besides her, the only fan that was able to say such greeting to me was the "language lover" Cano, so far ;-)

Overall atmosphere in Gazio was very unique; Famous P-Model songs were played on the wide screen, so was the time to check some famous P-Model artifacts in vitrines. I checked them very closely, sometimes I appreciated the technical solutions, and sometimes the sense for improvisation. :-) Really, that was a real paradise for me, feeling just like in a museum. I perceived every detail of these subjects as a piece of history: Their time has passed, but those objects remained and are related to the songs that will never stop to play.

Most of us then tried the vegetarian macrobiotic food for Mr. Hirasawa(the same menu that he was going to have the same day at the live show backstage). It was surprisingly good, better than I had expected. At that time I tried to feel the same way as Mr. Hirasawa does when eating his lunch :-) The paper ribbon 'Gazio' from this bento(lunch box), I brought home as a souvenir. I also chose to try the cocktail called "Gardener King", because I like this song, and because the original story of the first World Cell was closely related to the person called the 'Gardener King.

Our visit of Gazio cafe stayed as a memorable moment because Mr. Yuichi closed the cafe just two days after our visit. We all together made a group photo in front of Gazio. Despite that we were happy, personally - inside me - I was very sad that Gazio as a cafe ends. But I hope that there would be some substituting rendezvous point for fans in place of Gazio, sometime in the future.

On the way back to Tokyo in the afternoon, we visited Shop Mecano in Nakano, where everybody bought something for themselves. I was quite surprised that there were more choices of P-Model and Hirasawa CDs and DVDs available than on Teslakite eshop, so it took me some time until I oriented myself and chose something for myself. Finally I selected a 2-CD set "Archetype 1989-1995: Polydor Years of Hirasawa" and really, that was a very good choice, as there were some of the songs which I had liked on Karaoke before :-)

After shopping in Mecano, we headed to a Japanese restaurant in a nearby passage, which was recommended to us by Mr. Nakano, the owner of Shop Mecano. There we had a late lunch, which was modest but good to eat a few hours before Hirasawa show.

(Chapter 8)
On a bench in 'Dream Island Obsessional Park'.. the last day of the shows


On Sunday morning, with several international and domestic friends, we decided to visit the part of Tokyo closely connected with "Paranoia Agent" soundtrack. It is a place in Tokyo called "Dream Island Natural Park(Yume no Shima Shizen Koen)", which supposedly inspired the song title of "Dream Island Obsessional Park(Yume no Shima Shinen Koen)". We found a bench there, just like sung in the song, and enjoyed this calm place with lot of trees and grass, talking about the known song. Then we followed the walkway up to Tokyo Bay, where we enjoyed the calm traffic of few boats. Nearby botanical garden also attracted our attention so we took a short walk and a rest inside the tropical forest before we slowly walked back. I admit I replayed the song "Dream Island Obsessional Park" in my mind all the time of our visit in the park! It was such an impressive feeling - that we were really there!

To rest of evening before the Sunday show we "teleported" to (Tokyo Teleport station) to the crazy Gundam exhibition, which was "dominated" by the giant statue of robot in front of the building. That was primarily the idea of Bryan's but I followed this idea, to soak up in the crazy Tokyo atmosphere and to discover something unknown for me. There we enjoyed some weird 3D cinemas, took some photos with battle robots and finally bought something for lunch(katsu-don/fried pork cutlet cooked with onions and eggs over rice). Then we went straight to the last live show.

(Chapter 9)
Penpen's karaoke and great Hiro-San's Izakaya party after the live show


After every show we had a common event. That was Penpen's karaoke on Saturday after the show, and the final big Izakaya party of Mr. Hiro-san's on Sunday after the show.
Especially in the izakaya party organized by Hiro-san on Sunday after the show, we met even more fans, maybe about forty people? A few of us were known from Fukuoka weekend, some from Saturday Gazio and karaoke, plus many more fans came. Most of them were known from Twitter or Green Chat. Unfortunately, this izakaya party in Tokyo was quite short lasting for so many people meeting and talking together, so I was not able to speak to many mysterious fans. But I managed to meet some people like Martino, Zelda, Akemi, and many others, including Nobu, the boy in the corner making karaoke on his laptop. Time flied so quickly there!

(Chapter 10)
Live show


That was the real highlight of all trip. The show really exceeded all my expectations. I can say that no CD or DVD can substitute experience from live show! Really, to all songs which you know personally from show, you will have a special relation forever. I think it is so, I convinced about it also here.

Live performances happened in Tokyo Dome City Hall, which is a big and very comfortable hall, very good choice. Show lasted 3 consecutive days, however we visited only last two days 28.-29.11.2015. Anyway, all shows contained essentially all songs from the last CD "The Man Climbing the Hologram", plus a few other songs. I did not know all of them, but all were very nice.

When we came to the hall, there were always many 'horse bones' awaiting the show standing in a long line, making multiple curves and being very well organized to the shape of a snake. In Japan probably normal, but for me it was very amazing: narrow rows of fans moving in opposite directions with one dedicated human organizator on each curve.

Then we sat on our seats finally, in the area somewhere before stage, awaiting start. But in this time, yet before start, I was amazed again: I heard unknown music with lyrics in Polish language! I am Czech, but I understand Polish quite well, because I live nearby Polish border and I regularly listened to Polish TV mostly in my childhood. Anyway, I really not expected something like this, not in Japan, and definitely not on Hirasawa show! That was quite a big paradox, that me - foreigner without any knowledge of Japanese - understood lyrics of songs played before start of Hirasawa show in Tokyo, lyrics which even Japanese listeners did not understand :-o And yes, I was also quite curious why just this polish music from 80s was chosen as a filler (background music) before show. :-)

Ok, then show began. It started by the intro (movie), which continued also a few times later in the show. I liked it very much! Hirasawa spoken about the story of World Cell, with very relaxing music on background. It was a beautiful theme from the song "World Cell" (or at least I think it was this song, the final instrumental song from the album "Technique of Relief"). I did not understand the content of his speech alone, but Mr. Hirasawa had so nice and trustworthy voice, that I felt almost like a child listening a fairytale from father :-) Really, I was able to listen to it all night...

However, the show just then started and continued - by the song "Kaji wo Tore". Of course, some fans (including me :-P) rather remembered the more known song "Forces" and secretly sang "Hai Yai Forces". But why not. Anyway I was very amazed and happy with this energizing song on start!

Then, "Avatar Alone" continued in quick and dramatic course, the unstoppable rolling, typical Hirasawa's music in forward.

Next song - "Adios" I remember it mostly in relation to Hirasawa playing on laserharp, because I watched it most carefully just in this song.

"Circuit OFF Circuit ON" and "Muramasa" were not my best favorites, but ok, I was happy with them on live show.

The song "The Time being Proud of its Heterogeneity" - it is very difficult to grasp this song. It is like to take water into the palm of your hand. Just like a nice dream - is nice, but at the end you can hardly describe exactly what you felt. So many views, tastes and moments hidden inside. So it's hard to even comment it, so timeless song.

In the song "Wi-SiWi", I appreciated Hirasawa singing the most from all songs in the live show. I still remember how Mr. Hirasawa bent backward his head slightly, to sing these most tricky voice parts good!

In the song "Sally at the Fire", Mr. Hirasawa moved to front of stage, close to the first row of audience, to enjoy calm guitar parts. It was a very special moment. Sadly we were not sitting in this part of area before stage. 😃

The song "The Man Climbing the Hologram" was then on top of the show, with its full complexity, there was not a big space for improvisation, only full concentration.

Somewhere toward the end, the song "The Iron Cutting Song" was played. This song always sounds so sad and nostalgic! Singing it with all the audience at the live show, the song was just like saying "End of show is here... but don't cry, we will meet again"... It is so heartbreaking!

Together with Mr. Hirasawa there was on stage also a guitarist Pevo 1go(ichi-go), as a supporting musician. Occasionally, they both were playing also on the laserharps. The one for Pevo was mounted above his head, probably in less comfortable position than the harp of Mr. Hirasawa's, but Pevo managed it good. In one song(MURAMASA) he even used Japanese katana sword to control laser beams!

The show was interactive, so there was also interactive parts, in which the decision was based on singing of chords - the fans in the audience were called the "Chord Shooters". However, I did not give a big importance to it and rather stayed aside of "voting", letting the Japanese fans decide. For me personally the more interesting was the way how two kinds of chords from audience were recorded, analysed and differentiated for the next process. I think about it all the time... :-) But, of course, Japanese fans took it very seriously and were not happy when shooting was not good. And finally they were not fully happy with the progress, even including Mr. Hirasawa, as I heard. Probably they felt the goal was not fullfilled...

But for me, goal was fullfilled: I have seen Mr. Hirasawa on Live!
I am so glad for visiting these shows, and I will never regret that I decided to go!

Thank you very much,

Pavel

Japanese translation by Lucy

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Afterword by Lucy

Pavel and his seventeen-year-old son Tomas came to Japan to attend Susumu Hirasawa's live shows all the way from Czech Republic.

A few years ago when I started to text-chat in Green Chat*, which anybody could log in without joining the Green Nerve membership in those days, I became aquainted with Pavel and other fans from abroad as well as some from Japan. My Japanese chat friends and I would chat in Japanese, but at the second Pavel(or other oversea's fans from China, Bulgaria, Saudi Arabia, and so on) logs in and say, "Hello", we would switch to English at once. Even those who were not so fluent in English would try hard to translate their words on online dictionaries and type them to communicate with him. I thought they were brave and sincere communicators. It was really nice to talk about Hirasawa music with Japanese and oversea's fans together online.

I was very surprised and delighted to hear Pavel would come to Japan to attend Hirasawa's live shows in Japan. I made up my mind to welcome him and his son! It was such a fun and exciting experience to spend time with them in the fan events like karaoke, small trips to many places, and shopping, dinner and so on along with other fan friends from abroad as well.

By the way, you might think, "How could a seventeen-year-old Tomas be permitted to be absent from school in the middle of a school year and go to Japan?"

I heard from Tomas that he and the school Principal had a conversation like this when he went to his office to submit a request for vacation:

Principal: Where are you travelling?
Tomas: I'm travelling to Japan.
Principal: What are you going to do in Japan?
Tomas: I'm going to Susumu Hirasawa's concert.
Principal: Who is Hirasawa?
Tomas: (Showed the Principal one of Hirasawa's video on Youtube on a smart phone. )
Principal: That's beautiful music. OK. I will give you a permission to take a vacation for two weeks.

Luckily, Tomas got his permission this way. I am so glad that Tomas got it because the school Principal was understanding.

Pavel and Tomas, I want to thank you for coming to Japan and having all the interactive and international experiences including Hirasawa live shows with us. You gave me such a precious memory for me. Thank you very much!

Lucy

*The Green Chat page on Susumu Hirasawa official web site was closed in early 2015 when the site was renewed.
プロフィール

星野スミレ

Author:星野スミレ
平沢進、P-MODELを敬愛して、27年の
星野スミレによる電子降る日々

(C)Denshi Furu Nikki

This is a blog I, Sumire Hoshino, write about my days and events as a fan of Susumu Hirasawa and P-MODEL. The mainly featured journal pages are about my big collection of CDs and records. I have tried collecting all of the different versions of each CD/record by Susumu Hirasawa/P-MODEL. I hope you enjoy reading it.

My twitter ID is :@sumire_hoshino

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