[ゲスト記事10]サウジアラビアのHirasawaファン-2 Over-enjoy![Osamah&Lucy]

-星野スミレによる前書き-

ボクの親友、サウジアラビアの平沢ファンOsamah(オサマ)さん
約1年前に掲載したエッセイで⇒サウジアラビアのHirasawaファン
多くの方がご存じかと思います。(その節は紹介、訪問してくれた方大変ありがとうございました)
さて、そのオサマさん3月初旬~4月初旬
日本各地、韓国を約1カ月かけて、旅行をされました。
ボクは福岡に滞在されていた3日間、もちろん全てお会いしましたが
たくさんの平沢ファン、そしてYOU1さんをはじめとする
「オサマさんが会いたかった方々」
と交流ができて、大変Over enjoy!な旅行で、大満足して帰国されたようです。
今回は質問形式ではなく、オサマさんの自由に
海外在住の「平沢ファン」として、感じた日本を書いてもらいました。
オサマさんの楽しさが伝わってくる、記事に仕上がってると思います。
今回も日本語訳はLucyさんにお願いしました。ありがとうございます。
それでは、どうぞ、お楽しみください。

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「日本への二回目の旅…これを日本への最後の旅にはしたくないな…」と、二度目の日本への旅の前に、僕は自分自身に言いました。「次に日本へ行く時も、平沢進のライブがある時にしよう。そうすれば日本訪問と平沢ライブの両方を一石二鳥で楽しめる。平沢ライブは日本へ行く最大の目的だから」と僕は考えていました。昨年2013年1月のインタラクティブ・ライブ「ノモノスとイミューム」の時、僕は仕事の都合と資金の都合のため、日本に行けなかったのです。

ともあれ、この二度目の日本旅行は、今年2014年の2月、僕の友人(同僚)達が日本への旅行を計画して、彼らから一緒に行かないかと誘われたことがきっかけでした。仲間うちでは、日本に行った経験があるのは僕だけだったからです。最初僕はためらっていましたが、「しかし、前回(2012年6月) 日本に行った時に幸運にも知りあうことができた平沢ファンの友人達に、また会える絶好のチャンスかもしれない」と思いました。「今回は平沢ライブやイベントは残念ながら無いけれど、日本滞在の期間が長いから、少なくとも、できるだけ多くの日本の友人達に会って平沢ファンであることの情熱や体験をもっとゆっくり話し合うことができるかもしれない」と思いました。

友人(同僚)達が計画したこの旅行は最初、日本の東京(もちろん)、京都、札幌(主な目的は雪を見ることでした)へ行き、その後韓国へ行く、という旅程でした。 しかし僕はドタン場で福岡も自分の旅程に組み込みました。なぜなら、そこには大切な僕の友人達であるハードコアな平沢ファンの人達がいて、彼らは僕達が最初旅程に入れていた東京や京都などに来ることは難しいとの事だったからです。そこで僕は韓国旅行の日程を削って、福岡訪問を旅程に加えました。幸い、友人のサイードに頼んでついてきてもらうことになり、僕は彼と二人で福岡訪問を果たしました。福岡で僕達はハードコアな平沢ファンのパワーを感じ、日本とサウジアラビアの文化や音楽への情熱を通じて交流することができました。サイードは僕と同じように日本の文化が大好きで、快く一緒に福岡へ行こうと言ってくれました。福岡ではいろいろな人々と交流し文化を感じることができました。

僕達は、この日本旅行中に、できるだけ旅館に泊まり、朝食から夕食まで殆ど日本料理を食べ、日本の文化を感じました。日本料理は僕の一番好きな食べ物になりました(以前はイタリア料理が一番好きでした)。特に海外でも有名なすばらしいスープ「味噌汁」が大好きになりました!

僕達は、浅草で「ユカタ」や「キモノ」を着て、浅草寺の参道を歩きました。東京滞在中の初めの頃、同行者の女友達は(彼女はその後早めにサウジアラビアへ帰ったのですが)、「ゲイシャ」の衣装とメイクアップをしてもらい、ヘアスタイルも「舞妓」スタイルにしてもらい、全身「ゲイシャ」のコスプレをして歩い たのです!また、僕はお土産に小さな木の板に日本の漢字とひらがなで僕の名前を彫ってもらいました。

前回の日本旅行でも今回の旅行でも、僕はミュージック・プレーヤーでヒラサワ音楽(特に平沢ソロ)を、街を歩きながら聴いたのですが、ヒラサワ音楽が、街の景色や自然の環境や天候(特に雨の時)によくマッチすると感じました。平沢さんがあんなに心をリフレッシュさせてくれるメロディーを創造できたのもうなずける、と思いました。僕が日本に住んでいたら、音楽家になれたかもしれない、と思ったりします。いや、なれなかったかもしれませんが、誰にも分かりませんよね?ずっと以前から日本が好きでしたが、平沢サマが僕をさらに日本好きにしました。(ヒラサワサマというと、僕の名前のオサマと似ているから親近感が湧 くんです。《笑》)

東京滞在の最後の日、福岡へ行く前日、同行の友人の一人が韓国に出発するのを見送るため、僕とサイードは成田へ向かいました。成田空港で、嬉しいことに、2012年の「Phonon 2555 」ライブの時、ファン・イベントで出会った「まりこす」 さん に会うことができました。彼女は福井から、僕達に会うためにわざわざ来てくれたのです。僕は自分の幸運と彼女の親切に感謝しました。僕達はヒラサワ音楽についてや、日本とサウジアラビアの文化の違いについて語り合いました。短い時間でしたが、僕達三人は楽しいひと時を過ごしました。まりこすさんはその日のうちに福井に帰らなければならず、僕達は翌日は早朝の飛行機で福岡に飛ばなければならなかったのです。

福岡に行けたことは本当に幸運だったと思います。そこでは多くの平沢ファンの皆さんに会うことができました。彼らに会えたことを本当に誇りに思います。福岡滞在は僕にとって夢が叶ったひと時でした。僕とサイードは、三日間、この美しく、静かで、大きいけれど小さい都市、福岡に滞在しました。

福岡での初日はこんなふうでした。サイードと僕が福岡に到着した時、博多駅の近くのカフェで、何人かの平沢ファンの人たちが待ってくれていました。カフェに着いて彼らを探していたとき、友人のスミレさんの有名なトレードマークの長髪を探せば良かったので、とても助かりました。スミレさんは本当に熱心な平沢ファンです。そこでは、新しく出会った人達とも友達になりました。「ネッシー」さんは同じく平沢ファンで、このカフェでの会話の通訳として僕達をおおいに助けてくれました(彼にはどんなに感謝してもしきれないほどです)。また、ラブリーな「ゐた」さんは素晴らしい手づくりのプレゼント-小さな透明のマーブル状の玉に「核P-MODEL」のロゴを埋め込んだチャームをくれました。本当に驚くべきものです!そこにはもう一人、「ねこえり」さんもいて、彼女はキュートなデザイン・ネイルで爪を飾っていたのが印象的でした。

僕達はそのカフェで何時間話したでしょうか。主にヒラサワ音楽の話、そしてゲームやアニメ等の文化やスポーツについても語りました。僕とサイードにとって、 素晴らしいひと時でした。僕達は日本語とアラビア語でお互いの名前を書いて交換しました。それらの言葉や文字の意味も添えました。僕はかなりエキサイトしていました。なかでもひときわ僕が興味をひかれたのは、スミレさんが持ってきてくれた、分厚いフォルダーにいろいろな雑誌や新聞から切り取った(平沢/P-MODEL関係の)記事をまとめたものでした。このコレクションはいったい何年前から集めているのでしょう。このフォルダーを見たとき、「これが真のファンのあるべき姿だ!」と思いました。

カフェでの茶話会の終り頃に、僕がいつもお世話になっている「Lucy」さんが合流し(彼女は僕の一回めの日本訪問を可能にしてくれた人なのですが)、彼女と僕達は居酒屋に移動しました。この時、何人かの人たちは帰り、何人かの人たちが新たに合流しました。合流したのは、「Hara1s0」 さん、「楓」さん、「マユ」さんと、英語が堪能な「エミコ」さんでした。居酒屋は床(タタミ)の上に座って食べるスタイルで(僕達はサウジアラビアでも食事は床に座ってするため何の抵抗もありませんでした)、素晴らしい会でした。サウジアラビアと違うのは、美味しい日本の料理があったことです。それから、さらにその居酒屋が特別だったのは、部屋ではDVDが視聴できて、とてもレアな(少なくとも僕にとっては)P-MODELのビデオや、平沢さんのライブやインタビューの映像を見せてもらったことです。平沢進の「反射の集いは氷の9(Ice-9)」のDVDも流してくれて、僕もこのDVDとCD盤を持っていますが(DVDを手に入れたとき、ハマッってよく見ていたものです)、これが居酒屋での和やかな会話の雰囲気にとてもよく合っていました。僕はこの「ICE-9」のCD盤を、自分の住むリヤド市内を深夜にドライブする時にいつも掛けるのです。これは平沢ファンの方全員にお勧めしたいです。もしあなたが車を持っていて、夜中にドライブする時、または夜の電車や地下鉄に乗る時でも、このCDを聴いてみてください。後悔はしないはずです!

この食事会中にLucyさんが、はるばる上海に住む「犬風船(Cano)」さんという僕達の共通の友人にスカイプで電話をかけました。(僕は2年前から、No RoomのサイトのGreen Chatで犬風船さんと交流がありました。)居酒屋にいたLucyさんやスミレさん達と同様、僕もスカイプで犬風船さんと話しました。実は彼と音声で話したのはこの日が初めてでした。彼がアラビア語で「マルハバ」(Hello/こんにちは)とか「アッサラーム・アライクム」(よりフォーマルな挨拶:「貴方に 平和あれ」の意)と言って僕に挨拶してくれたので驚きました!犬風船さんは本当に頭脳明晰な人で、英語はもちろんのこと、日本語も上手で(少なくとも僕の日本語よりずっと《笑》)、犬風船さんがヴァーチュアルにこの夕食会に参加してくれて本当に楽しかったです。犬風船さんにはぜひ一度、実際に会ってみたいです。できれば日本で平沢ライブのときに会えたら最高でしょうね!

次の日、福岡滞在の二日目、午前中、僕達は「じゅんこ」さんという英語が堪能な女性に会い、彼女は博多の町を歩いていろいろ案内してくれました。これが非常に楽しかったです。じゅんこさんは僕達を「キャナル・シティ博多」というモールに案内してくれ、そこで食べた海老の天ぷらは最高でした。その後、午後は じゅんこさんと一緒に、僕が本当に楽しみにしていた天神のカラオケ店に移動しました。日本のファンの皆さんと一緒にカラオケでヒラサワ曲を歌う、これ以上の楽しみがあるでしょうか?これは僕にとって夢が叶った瞬間でした。そこで、ゐたさん、スミレさん、ネッシーさんが再び合流し、また、僕が初めて会ったナイス・ガイの「yAMA」さん(彼はMountainさんとも呼ばれていました) や、(登場の仕方が)ミステリアスな 「がーく」さんも合流しました。

カラオケで僕達はヒラサワ曲をかけてノンストップで歌い続け、楽しい時間を過ごしました。僕達は(非ヒラサワ曲の)日本や外国の曲も何曲か歌いました。 僕は皆さんの歌の上手さに驚き、また、皆さんが平沢さんと全く同じ歌い方で歌おうと努力していることに驚きました。また、僕とサイードは、スミレさんが 歌った曲「Lotus」にとりわけ感動し、スミレさんの一番好きな曲に対する熱情を感じました。がーくさんの 歌声も忘れられません。この人は全く別次元から来ています。彼はヒラサワが提供する音楽の全てを歌声で表現することができるのです!彼はまた、ヒラサワのエレキギターの音も自分の声で完璧に再現するのです。何の助けも必要とせずに、自分の声だけで!しかも「カンボジアン・リンボ」などの曲でオペラ的なヒラサワ多重録音コーラスの声も、ヒラサワ・ボイスを真似していて、とても上手でした。彼は「音楽そのものに溶け込める」タイプの人だと思います。才能です。

友人のサイードまでが、ヒラサワ曲の「ルベド」を皆さんと一緒に歌ったのには目を見張り驚きました。サイードはこの曲が好きなのです。彼は「花は咲く」(菅野よう子作曲)という曲も好きらしく、歌いました。僕が歌ったアルバム「Sim City」に入っている「月の影/Moonlight」 という曲も皆さんに誉められました。ついにカラオケでこの曲を歌うことができて本当に嬉しかったです。カラオケ会で、僕は皆さんに平沢さんのいくつかの曲の歌詞の意味やヒラサワ音楽の歌詞全般について質問したのですが(今までにもいくつかの曲の歌詞を英語に翻訳しようと試みたのですが僕には難しかったため)、驚いたのは、「日本人にとっても、平沢さんの歌詞は昔の難しい言葉を使用しているため難解だ」と言われたことです。そこで、平沢さんが自分で創造した架空の言語で書いた曲「Aria」を皆さんと一緒に歌うことにしました。なぜならこの曲は公式の歌詞が無く、誰でも間違いを恐れず好きなように歌うことができる曲だからです。この曲はとてもリラックスした状態で歌えました。(笑) カラオケ会の後半で、Lucyさんも合流し、何曲か歌いました。彼女の歌声は高音がきれいで、これまでに平沢ファンの合唱プロジェクトにも幾つか参加していて、最近では「オーロラ」がナイスでした。最後に「バンディリア旅行団」を全員で歌ってカラオケ会を締めくくりました。皆が一生懸命歌い、本当に楽しかったです!カラオケ店を出る前に、記念に皆で写真を撮りました。

その日の夜、僕達は「サイゼリヤ」と呼ばれるイタリアン・レストランで夕食を食べました。そこの料理は美味しいのにとても安価でした!そこに行ったのは、Lucyさん、スミレさん、yAMAさん、がーくさん、サイードと僕の6人でした。ここで食事をしながら、僕達は、平沢関連の新しい情報や、平沢さんのパーソナリティについて、また、ミュージシャンとしての彼の人生や、人としての彼の人生についても語りました。このレストランでは不思議な事が起こりました。僕が「今日はカラオケで『Ride the Blue Limbo』を歌うのを忘れたよ」という話をし、他の皆も「あの曲を歌うのを忘れたね」と話していた時、その曲のPV動画のシーンについて話が及び、(3分05秒頃に登場する)二人の天使のこと(その絵画はイタリアの画家ラファエロ《Raffaello Sanzio》の「システィーナの聖母」 《Sistine Madonna》 という題なのですが)を話していたら、ちょうどその時、食事をしていたサイゼリヤの壁の一角に、同じ絵画のレプリカが架かっているのを見つけたのです!それを見た時、僕達は、その絵をバックにして記念写真を撮ろうと決めました。そして、写真を撮ったのです!!それは僕達全員にとって素晴らしくて奇妙な偶然の出来事でした。

福岡滞在の三日目、僕とサイードは、Lucyさんと、初対面の“歩く百科事典”「一丁倫敦」さんに博多駅広場で会いました。そこは僕達が滞在していたホテルから歩いて5~10分のところでした。僕達4人 は、その日の昼間は大宰府天満宮へ電車で行き、とても楽しい一日を過ごしました。僕は常々、日本の歴史や伝統に魅力を感じていたので、この日は僕の夢を叶えてもらいました。僕達は、行き帰りの電車や神社の参道や境内で、日本やサウジアラビアの歴史や文化、伝統に関する知識を交換しました。特にこの大宰府への小旅行では、一丁倫敦さんの歴史や文化の知識が、僕とサイードにとって分かりやすく非常に大きな助けになりました。一丁倫敦さんは、彼の壮大な知識を駆使して、旅行会社のツアーガイドとして働くべきではないかと思ったほどです。

その日の夕食で、これが福岡滞在の最後の夜となったのですが(次の日は東京へ戻る予定でした)、僕達は、僕の「相棒」のスミレさんと、彼のエネルギッシュな友人「早田」さんと合流しました。この日もなぜかイタリア料理店でした。(僕達が日本で日本料理ばかり食べ続けたせいでしょうか?)僕は本当に日本料理が「ダイスキ」で、毎日でも食べたいくらいです。とにかく、この夜は、またもやヒラサワやP-MODELや、彼らの他のアーティスト達とのコラボレーションについて、たくさん語りました。その他にも早田さんの提案で、日本とサウジアラビアの音楽についての情報交換をしました。僕とサイードを驚かせたのは、早田さんがサウジの歌手Mohammed Abduのことを知っていたことです。Abdu氏はサウジアラビアだけでなく、全アラビア諸国で50年以上もの間、伝説的な歌手として有名な人です。早田さんは、色々な国の音楽に興味があり、サウジアラビアの音楽を聴きたいと言ったので、僕はCheb Khaled(または単にKhaled)という名前のミュージシャンを薦めました。Cheb Khaledはサウジではなくアルジェリアのミュージシャンですが、僕は彼の音楽を聴いて育ち、彼は歴史上、世界で最も有名で成功したアラビア系のアーティストであり、独自の音楽スタイルを持っているのです。

食事の後、僕達は美しい桜のイルミネーションで飾られた博多駅のメイン広場で何枚かお互いに記念写真を撮り、別れの挨拶をしました。その夜は僕にとって少 し悲しい夜でした。次の日は東京へ向けて旅立つ予定になっていて、福岡で会った人たちと別れるのが寂しいと感じていました。この三日間は本当に楽しくて、 それまでに味わったことがないほどの楽しさでした。なので、福岡に住んでいる友人達はもちろん、九州各地から福岡までわざわざ、僕達に会うために駆けつけてくれた友人達に本当に感謝しています。彼らは本当に素敵な人達です!!また会いたいという気持ちで一杯です。

東京に戻ってからの一日目は、サイードがホテルで休む必要があったため、僕は一人で「ユウ」さんという友人に会いました。この名前は良い名前で、憶えやすいと思いました。彼に会ったとき、彼が来ていたコートに驚きました。それはヒラサワ先生が、核P-MODELのアルバム「Gipnoza」のアルバムジャケットの写真で着ていたものと全く同じコートだったからです!僕は彼が非常に羨ましかったです。彼は僕をあの有名な「ショップ・メカノ」へ連れて行ってくれました。(実はメカノへ行くのは二度目で、一度目は2012年にLucyさんと一緒に行ったのです。)メカノでは店長の中野さんと少しの間でしたが充実した会話をしました。中野店長は英語が上手で、僕は2012年に来店した時にも中野店長と英語で話したことを思い出しました。ただ、今回は何も買いませんでした。なぜなら、欲しいヒラサワのCDとDVDは殆ど持っているし、翌日行くことにしているCafé GAZIOでしか売っていない「P-0 Gazio Mix CD」のために、出費をセーブしなければならなかったからです。

メカノを後にして、ユウさんは僕を渋谷の「イケベ楽器店」の地下1階に位置する素晴らしいギターショップへ連れて行ってくれました。彼は僕を、ギター・エンジニアの稲澤さんにも紹介してくれました。ユウさんによれば、稲澤さんは、平沢さんのTalboギター、また核P-MODELライブ「パラレル・コザック」で使用されたギターEvoなどを製作したエンジニアだそうで、お会いできて光栄でした。稲澤さん製作の楽器をいろいろ見せて頂き、製作に関するお話を聞きました。これらのギターをいつか手に入れて、プロのように弾けるようになるまで練習するのが僕の夢のひとつでもあるので、僕とユウさんは、楽しくEvoギターに触り、弾いてみました。僕とユウさんは平沢進さんやPEVO1号さん所有のものと同じモデルの Evoを触らせて頂きました。稲澤技師は僕達の為にEvoをギターシンセサイザーに接続しセッティングまでしてくれたのです。僕達はEvoを弾く姿をお互い写真に撮り、また稲澤さんとも一緒に写真を撮って頂きました。

ギター店を出ると、サイードが僕達に合流し、渋谷のナイスなカフェでヒラサワ音楽や平沢さんの優れたギター・テクニックやサウンドについて語り合いました。 ヒラサワ音楽の中で僕が驚かされる事はたくさんありますが、ひとつはそのエレキギター・サウンドとステージでの演奏です。僕は平沢さんのエレキギター・ サウンドを聴きたいがために曲を聴くこともあり、演奏の姿を見るだけでも僕にとっては喜びなのです。僕はユウさんにこんな機会(メカノとイケベ楽器に連れて行ってもらったこと)を与えてもらって本当に感謝しています。また、ユウさんはイラストレーターであり、僕が頼んだところ、僕とサイードの肖像画を本当に上手に書いてくれたことにも感謝しています。その絵は大切に保管しています。

次の日は特別な日で、非常に嬉しいことがたくさんありました。カフェGAZIO: 平沢進さんのお兄さんの平沢裕一さん(YOU1さん)が経営する店に行ったのです。東京から一時間位かかりましたが、遠くても行く価値はありました。とにかく、僕達(僕とサイード)が到着すると、ユーイチさんと女性の店員の方が一人いました。その時カフェにいたのはお二人だけでした。

僕が挨拶して自己紹介すると、ユーイチさんは、僕の名前を聞いたことがあるのか、または、僕達が来ることを知っていたんだな、という印象を与えました。僕達は料理:カレーライスと小さめのフライドチキンをいくつかと、アップルティーを注文し、その後コーヒーも飲みました。

僕達はとても空腹だったのですが、料理ができあがるのを待っている時間を利用して、ユーイチさんに話しかけてみようと思いました。僕はすごーく、興奮していました。なんといっても、ユーイチさんは、あの偉大な平沢進さん本人のお兄さんなんですから!僕はユーイチさんにたくさん質問をしました。ユーイチさんは、P-MODELと平沢ソロのCDとDVDを何枚か見せて下さいました。僕が「それらのCDとDVDはほとんど、いやたぶん全部、サウジアラビアの自宅に持っています」と言うと、ユーイチさんは、突然、眼を大きく見開いて、何か言われました。その日本語がよく聞き取れなかったのですが、たぶん「スゴイ!」と仰ったのでしょう?

僕はこのカフェのスタイルと、とりわけその内部のデザインに感激しました!店内には、多くの平沢関係のアイテムがありました。例えば、平沢進さんが2006年のインタラクティブ・ライブ「白虎野」で着用した衣装や、僕がライブDVD「Phonon 2550 Vision」と「Phonon 2551 Vision」で見た、発電ホイール(グラビトン)も展示されていました。そして僕が最も驚いたのは、あの有名な「レーザーハープ」がそこにあったことで、僕は完全にそのとりこになってしまいました。僕は子供のように夢中になってレーザーハープで遊び、自分がそれを弾いて遊んでいる姿を、サイードに録画させたほどです。実にクレージーな楽器です。僕はずっと前から、それに触りたい、弾いてみたいと思っていました。しかしGAZIOにあったのは平沢さんの本物のレーザーハープではなく、おそらく模造品ですよね?もしライブで使用された本物のレーザーハープだったなら、きっと多くの人が見に来ることでしょう。

僕たちが料理を食べたり、コーヒーを飲んだりしている間、ヒラサワ音楽がBGMとしてかかっていて、カフェをユニークで静かで美しい雰囲気で満たしていました。それは僕にとって、夢見たことが実現した時間でした。その他、ファンの人たちが演奏したヒラサワ曲の動画もいくつか見せてもらいました。店内にはまた、ヒラサワの小さなフィギュアや、「パラレル・コザック」モチーフの小さなキャラクターなどもたくさん展示されているのに気づきました。

僕達が店にいる間に、他のお客さん達も来はじめました。そのうち何人かは常連のお客さんのようでした。ユーイチさんと話していて分かったのですが、ユーイチさんが英語をよくご存知なので、GAZIOや平沢さんについて英語でたくさんの質問をしたり、話を聞いたりするのも非常に楽でした。僕は興奮するあまり、 ユーイチさんに「平沢進さんに電話をかけてもらえませんか?ぜひお話しがしたいんです」と訊いてみました。お兄さんならそれができるだろう、と思ったのです。(笑) 実をいうと、そこまでする勇気は無かったのですが、そうしたいという考えが頭に浮かんだのは事実です。

カフェの隅の壁には、店に来たお客さんからのメッセージや言葉やサインが書かれたコースターをたくさん掲示しているコーナーがあり、書かれていたのは日本語ばかりだったので、僕は英語で何か書いてみようと思い、ユーイチさんに訊いたところ、快く同意して下さいました。(:D)それで僕はメッセージを書き、サイードも何か書き、掲示させてもらいました。もちろん英語で書いたので、その後来店したお客さんたちも見てすぐに気づいて下さるでしょう。

その後、驚いたことにユーイチさんは僕にプレゼントを下さいました!「スペシャル・ギフトだよ」と仰いました。それはGAZIOのロゴ入りのコースターに、 平沢進さんのサインが書かれたものでした!「平沢進がサインしたんだよ」とユーイチさんは仰っていました!僕は本当にラッキーです。これを宝物として一生 大切にしたいと思います。本当に「スペシャル・ギフト(特別な贈り物)」です!

僕はユーイチさんに一緒に写真を撮らせてください、とお願いしたところ、おおいに喜んで同意して下さったので、一緒に写真を撮らせて頂きました。それから、来店していた他のお客さん全員も誘って、 一緒に写真を撮らせてもらいました。全員、初めて会った方ばかりでしたが、皆さん快く同意して下さいました。皆、平沢ファンだから同意して下さると思っていました!僕とサイードは、女性の店員の方のことも忘れたくなかったので、彼女とも一緒に写真を撮らせて頂きました。GAZIOを出る前に、「P-0 GAZIO Mix CD」を買いました。GAZIOでのひと時はすばらしい経験でした。本当に嬉しかったです。この日のことを僕は一生忘れません。

僕達は日没前にはGAZIOを出なければなりませんでした。なぜなら、その日の夜、昨日会ったユウさんと、僕と以前から交流のあるラブリーな「あけ」さんの二人に会うことになっていて、僕達が韓国へ出発する前に会えるのはその日しかなかったからです。それで僕達は二人に吉祥寺駅で会い、「クワランカ・カフェ」という店に案内してもらいました。

あけさんによると、「クワランカ・カフェ」は平沢さんの「サイエンスの幽霊」のアルバムジャケットのデザインなどを担当したイナガキキヨシさんが経営している店だそうです。僕はこのカフェが実に気に入りました。静かでシンプルなデザインで、BGMにかかっている音楽も良いものでした。この日、ユウさんは自分のTalboギターを持ってきてくれて(特に昨日ギターショップに行けなかったサイードのために)、それを僕達に触らせてくれて、写真も撮ってくれました。僕はTalboを持っているユウさんが本当に羨ましかったです。僕もいつか同じようなギターが欲しいと思いました。あけさんは平沢進のCDを何枚か持って来ていて、どのCDをかけて欲しいかと尋ねました。あけさんが持ってきたCD全部のタイトルは憶えていませんが、僕は「Siren/サイレン」と「不許可曲集」を食事と会話中のBGMとしてかけてもらいました。あけさんはまた、素晴らしくてユニークなP-MODELと平沢進に関するコレクションを見せてくれました。そこには主に90年代の雑誌や本やポスター等から抜き出した写真やインタビューや記事のページの数々や、今では手に入り難い「SCUBA」等のテープやCD、 付録のブックレット等も含まれていました。非常にたくさん有り、それらの殆んどは僕が初めて見る珍しいものでした。。

あけさんのヒラサワ記事のコレクションを見て、その保存状態がどれもとてもきれいで新しく見えたので、どうやってそれらを保存していたのだろうと不思議でした。とてもオリジナルなコレクションでした!それらのページは勿論すべて日本語で書かれていたので、あけさんとユウさんは内容を英語に翻訳したり 説明したりしてくれました。あけさんのコレクションはスミレさんのコレクションを思い出させました。この時僕は、スミレさんとあけさんが本当に平沢さんの音楽を愛しているんだなあ、と改めて認識しました。彼らと知り合いになれて光栄だと思いました。

彼女はまた、彼女が参加しているバンドのフルート奏者、ボーカリストおよびバックグラウンド・ボーカリストとして演奏する姿を撮った写真も何枚か見せてくれました。Lucyさんから、あけさんは非常に上手なフルート奏者だと以前から聞いていたので、あけさんにフルートも持ってきてくださいと頼んでおいたのです。彼女がそんな素晴らしい才能を持っていたなんて驚きました。クワランカ・カフェを出た後、近くの公園で僕達はあけさんの素晴らしいフルートの演奏を聴いたことを憶えています。素敵な夜の光景でした。僕達は彼女の演奏に本当に感動しました。この上なく素晴らしいものでした。サイードと僕は、「あの時あけさんがフルートを持ってきてくれて、演奏が聴けたのは、本当に幸運だったよね」と今でも話しています。次回はもっと長い時間、彼女のフルートを是非早く聴きたいものです。フルートは、僕がずっと前から大好きだった楽器です。僕はフルート演奏が含まれる音楽をよく聴きますし、リラックスした時には、他の楽器はなくフルートだけで演奏された音楽も聴きます。

このようにして、愛すべき日本の人達や平沢ファンの友人達と過ごした最後の日は終わりました。翌日は韓国へ移動する前の日本滞在最後の日で、僕とサイードは二人になったので、気分を盛り上げるために、クレイジーなレストランで夕食を食べることにしました。そこは一風変わったレストランで、刑務所病院をテーマにした店でした!店の名前は「アルカトラズE.R.」といって、渋谷にありました。僕達は度肝を抜かれ、また楽しくて、大いに笑いました。僕達のテーブルは二階の小さな「監獄」にあって、夜10時 から始まったメイン・ショーでは、明かりが消えて、マスクを着けたパフォーマー達が僕達に襲いかかろうとするのです。その夜は店内のあちこちから、悲鳴が 聞こえました!このレストランを僕は皆さんにお勧めします。何か変わったアトラクションを試してみたいと思うなら是非。料理も美味しかったです。こんな テーマ・レストランがある東京という都市が好きです。この旅行の最初の頃、東京に滞在した数日中にも、僕は他の三人の友人達と「忍者」のテーマ・レストランに行ったことを思い出しました。それは僕達全員にとって素晴らしい体験でした。

今回の日本旅行は、僕がこれまでの人生で経験した中で最も素晴らしい旅行となりました。僕はこれまでにも、色々な外国の街をたくさん旅行し、様々な人々に出会って来ました。しかし、今回の旅行はそれらとは違っていました。実を言うと、日本の人々はとてもユニークなのです。そうなんです!僕が今までに見てきた世界の人々の中で、最も協力的で、丁寧で、謙虚で、敬意に満ちていて、親切で、楽しくて、人づきあいの良い人々です。日本は住む場所としても素晴らしい場所です。いつか日本に短期間でも良いから住むことができたら、どんなにいいでしょう!

日本の平沢ファンの人達の特徴を見出しました。古くからのファンはP-MODELをより好む傾向があり、新しいファンは平沢ソロをより好む傾向があるのではないでしょうか。僕は新しいファンと言えるかどうかは分かりませんが、僕はP-MODEL時代の音楽を知る前に平沢ソロを知ったためか、平沢ソロの方がより好きです。しかしながら、実はP-MODELの曲も毎日聴いているのです。

最後に、このユニークなブログに、「もう一度記事を書きませんか」と誘ってくれた、友人のスミレさんに、重ねて感謝したいと思います。僕のヒラサワに対する思いや、平沢ファンの皆さんや、もちろん日本に対する思いを表現する場を与えてくださった事は、いくら感謝してもしきれません。スミレさんのジョークやヒラサワに関する話の数々を思い出すと、それらをもう一度聞きたくてたまりません。スミレさんは、ヒラサワについていろいろな事を知っていて、僕に多くの事を教えてくれました。今までに出会った中でも、特に熱心な平沢ファンの一人です!

また、僕がいつもお世話になり感謝している人、Lucyさんにも大きな感謝の気持ちを伝えたいです。僕が日本に来る前も、日本滞在中も、様々な情報を英語に翻訳・通訳してくれましたし、このエッセイも彼女が日本語に翻訳してくれました。彼女がヒラサワや日本の情報を教えてくれたり、翻訳してくれたりしたおかげで、僕は最初(2012年)、ヒラサワ・ライブのために日本へ行くことができたのです。日本に行くのは人生初めての経験でしたが、彼女のおかげで、ずっとたやすく実現させることができました。彼女にはどんなに感謝してもしきれません。

最後に、この旅行中、スミレさんが何度も何度も、僕とサイードに言っていた言葉を添えて、このエッセイ(記事)を締めくくりたいと思います。それは、この旅行の特徴をよく表わし、この旅行のテーマだったとも言えます。その言葉は:

…「オーバーエンジョイ!」(キミはエンジョイし過ぎだよ!)

日本語訳 Lucyさん
東京サイド文章チェック ユウさん あけさん
Special Thanks YOU1さん

<原文>
Osamah's Second Essay on Japan and Hirasawa Fandom
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Introduction by Sumire Hoshino

Most of the readers of this blog remember, I’m sure, my best friend, Osamah, who is a fan of Susumu Hirasawa, living in Saudi Arabia. He wrote an essay for this blog about a year ago⇒Saudi Arabia Hirasawa fan. I thank all of you that read the essay/interview, as well as those who shared it with their friends.

I had another pleasant surprise in March this year(2014), when Osamah visited and traveled through Japan and Korea during early March until early April.

I spent a great time with him for the three days when he was in Fukuoka, my hometown. During this trip, Osamah also met a lot of people who he had wanted to meet, including Mr. Yuichi Hirasawa. He told me that he had an incredibly happy time with those people. He said he had ‘over-enjoyed’ the whole journey.

Osamah wrote the essay on his own this time, not like the last time which was an interview between he and I. You will find how he enjoyed his trip in Japan and what he saw and felt especially as a Hirasawa fan from Saudi Arabia. I hope you enjoy reading it, just like Osamah enjoyed his trip very, very much.

My friend, Lucy, did translation between English and Japanese. Great thanks.

Now, enjoy Osamah’s second essay.
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Japan for the second time…and I hope it will not be the last time, I told myself before my second trip to Japan. If I'm going to visit Japan, it should be when Mr. Hirasawa will have a live show so I can kill two birds with one stone. It's the best reason to see Japan. Earlier this year I couldn't catch up with Hirasawa’s latest live show (INTERACTIVE LIVE SHOW 2013 ‘NOMONOS and IMIUM’) last January because of work and savings issues.


Anyhow it's all started early this year in February when my friends(colleagues) planned a travel to Japan and they asked me to accompany them since I was the only one from my area who had been to Japan and had some experience. I was hesitating at the beginning because of my work in the hospital, but I told myself, “It's an opportunity for me to go again to Japan and see my friends there, especially Hirasawa fans, whom I was so fortunate to get to know. This time there aren't Hirasawa events unfortunately, but since I will be spending more time in Japan, I can at least meet as many friends as I can who are Hirasawa fans so we can enjoy discussing about the passion of being Hirasawa fans and sharing the experience also.”


This travel, at the beginning of planning, consisted of visiting some certain cities in Japan which included Tokyo of course, Kyoto and Sapporo(the main reason was for the snow) and a travel after that to Korea, but at the very last minute I included Fukuoka city in this Japan tour. And the reason for that was to meet up with my precious friends there, the hardcore fans of Hirasawa because it was hard for them to meet up with me in other cities that I was planning to visit at first with my friends(colleagues). So I cut down my staying time in Korea so I could include Fukuoka. Fortunately I convinced my friend  ‘Saeed’ to tag along with me in this city to see my friends of Hirasawa fans to experience the power to be hardcore fans and also to spend time exchanging the cultures and passion for music in Japan and Saudi Arabia. Saeed was more than happy to tag along and to experience the social activities in a different country like Japan. Same as me, he is a big fan of Japan and its unique culture. We had a lot of activities in this travel, experiencing the traditional life as we stayed in a Ryokan(Japanese style hotel), also eating most of our meals in Japanese food style from breakfast to dinner. I can say it has become my favorite food (it used to be Italian food), especially the famous ‘miso soup’…I can say I'm a big fan of this wonderful soup!


We also tried out the Japanese costumes like ‘Yukata’ and ‘Kimono’. We walked on the street around ‘Asakusa temple shopping street’, also one of my friends who were with us during our first days in Tokyo, before she traveled back to Saudi, she did the whole ‘Geisha’ theme. She did the white makeup and wore kimono, also fixed her hair like the hair of ‘Maiko’! I also had my name crafted on a small wooden tag in Japanese language. The characters used were two (Hiragana and Kanji).

In this travel, as my previous travel in Japan, I was always listening to Hirasawa music (especially his solo music) while walking in the streets of Japan. The music fits the sceneries and the landscapes, also the weather especially when it rains. No wonder why he could create this kind of refreshing melodies. I find myself thinking sometimes, “If I lived in Japan, I could be a musician...maybe…maybe not, who knows?” I've always loved Japan and Hirasawa-sama made me love it even more (yes, “sama”. It reminds me of a part of my name ‘O-samah’ or ‘O-sama’), ha ha ha.


While I was staying in Tokyo the day before traveling to Fukuoka we headed to Narita to see our friend off in the airport. While we were at the airport, I had the pleasure to meet up with ‘Mariko’-san who I had met before in 2012 during the PHONON2555 live show fan event, I was lucky and really grateful to meet her again since she came the whole way from Fukui city to Narita airport just to meet us. We enjoyed talking about Hirasawa music and also about the difference of Japan and Saudi Arabia cultures. We had a great time, the three of us, even though it was a short time since both of us didn't have much time as she was going to return back in the same day to her city and we had an early morning travel the next day.


When we traveled to Fukuoka, I was so lucky that I met up with a lot of Hirasawa fans there. It was really an honor to meet all of those Hirasawa fans, and it was ‘a dream comes true’ to me. It was three days that I spent in this beautiful, calm and large yet small city.

I remember our first day when Saeed and I arrived at Fukuoka and when we went to a café near Hakata Station, where some of Japanese Hirasawa fans were waiting for us to arrive. I was looking for them and I was really thankful to my friend ‘Sumire’-san with his trademark(his famous long hair). Sumire-san is a truly enthusiastic Hirasawa fan. There were also my new friends, ‘Nessy’-san, a Hirasawa fan also who was a big help as a translator to our conversation in this meeting (actually I can't thank him enough for his help). There was also the lovely ‘Vita’-san who gave us a wonderful gift made by her, which was a small marble with the shape of Kaku P-Model sign inside of it. It was really amazing! And there was also ‘Eriko’-san with her cute designed colored nails.

We stayed for several hours chatting and discussing about Hirasawa music mainly, the cultures, video games, anime and also sports. It was really a wonderful experience to us(Saeed and me). We also exchanged our handwritings. :D We wrote each other’s names in Arabic and Japanese language and the meanings of them also! I was really excited back then. One of the things that took my attention for a while was Sumire-san’s big folder that he had brought with him, which was a big collection that he had made since how many years ago. It consisted of some parts from different kinds of magazines and newspapers, I think. He had collected them and put them all in one folder. When I first saw it, I realized that this is how a true fan should be!


Same day later, ‘Lucy’-san, the one who I'm always grateful to, who made my visiting Japan for the first time true. She joined us and we went to an ‘izakaya’ type restaurant. This time some of the people left and some joined us in this dinner, like ‘Hara1s0’-san, ‘Kaede’-san, ‘Mayu’-san, and ‘Emiko’-san who speaks English fluently. It was a great gathering sitting and eating on the ground (on the tatami mat floor) (which was not new to us, Saeed and me, since we do that also in Saudi Arabia). But what made it different were the delicious Japanese food and the LCD screen, which was playing a rare(at least for me) DVDs of P-Model including some live shows and interviews from the past. I was totally hooked watching it. We also played the "ICE-9 guitar performance and talk show by Susumu Hirasawa which was added in the atmosphere as actually a perfect background for our chat. I have the same DVD and the audio album CD also. Actually this album of Hirasawa is always played in my car when I'm driving sometimes late at night around the city (which is Riyadh where I live). I always recommend this to a lot of people I know and I really want to recommend to all Hirasawa fans to do this also in their own cities: Go driving if you have a car or ride a train or even in the subways. Try and listen to this CD especially at night, in my opinion, you will not regret!

During this dinner gathering, Lucy-san called our friend all the way from China, ‘Cano’(or Inu-Fuusen)-san, who I had known from ‘Green Chat’ in Hirasawa website, ‘No Room’. Through Skype, I spoke with him along with everyone there and it was the first time I heard his voice. He surprised me by greeting me in Arabic, by saying "Marhaba" which means "Hello" or "Kon'nichiwa" in Japanese, also the other formal greeting “Assalamu Alaykum” which means "Peace on you"! Cano-san is a quite intelligent guy. He knows Japanese very well (at least much better than me, ha ha ha!) along with English of course. It was really fun since he attended the dinner virtually with us! I really want to meet him in person one day, maybe in Japan while attending a Hirasawa live show. It will be really great!

Next day (or should I say the second day) in Fukuoka, we met ‘Junko’-san, who is a fluent English speaker, in the morning and we went for what we call an ‘orientation walk’ around some parts of Fukuoka City, and it was really, really fun. I remember visiting a shopping mall called ‘Canal City Hakata’ and eating the delicious shrimp tempura there. And that was before going to the karaoke.

I was really excited for this, singing Hirasawa songs with Japanese fans…what can I ask more than that? It was a dream came true. Junko-san took Saeed and me to the Karaoke place in Tenjin, and we met up again with Vita-san, Sumire-san, Nessy-san, also the new faces(to me); the nice guy ‘yAMA’-san, also they called him ‘Mountain’-san, and the mysterious (at that time) ‘Gark’-san.

We enjoyed playing Hirasawa music and singing nonstop. We even sang a few non-Hirasawa songs which are Japanese and international music also. I was amazed by everyone singing and how they try to be exactly the same as Hirasawa way of singing. Saeed and I were especially touched by the way Sumire-san sang, and we felt that he was singing with passion the song ‘Lotus’ since it's his favorite song. And I can't forget the amazing voice of Gark-san, too. This guy is from a different level, he sings everything that Hirasawa can offer in his music! He also did the sound of the electric guitar by his own voice perfectly and without any kind of assistance at all, purely with his own voice!! Even the operatic voice of Hirasawa, he can match it exactly like it. For example, in the song ‘Cambodian Limbo’ he was imitating Hirasawa voice and he succeeded. He is the type what you consider as "who can get into the music itself." He’s got a talent!

I was also amazed and surprised that even Saeed sang Hirasawa songs along with everyone, songs like ‘Rubedo’ for example. Also ‘Hana wa Saku’ (Flowers will Bloom), composed by Yoko Kanno, which he likes. I also remember everyone was saying that I did good in singing the song ‘Moonlight’ from the album ‘Sim City’, which I was really happy that I sang finally at a Karaoke. I remember I was asking a lot of questions about the meanings of the songs and Hirasawa lyrics in general as it was hard even if I tried to translate them into English. And to my surprise, it was also hard for the Japanese fans, according to what they told me while we were in the karaoke, because Hirasawa used some difficult old Japanese language in most of his songs. So since he made his own language in some songs, I chose the song ‘Aria’ to sing along with everyone so we can say whatever we want without fearing that we messed up the song because it doesn't have any official lyrics as it is in its own ‘unknown’ language. So I was so relaxed while singing this song, ha ha ha ha. Lucy-san arrived later and joined us in singing some songs. She has a good high tone voice and I remembered she had joined some projects singing Hirasawa songs with other fans (I think). Most recently the song ‘Aurora’ was nicely done. We finished the event with all of us singing the great song ‘Bandiria Travelers’. It was really fun and great with full of enthusiasm! Before leaving the place, we took memorable pictures together.

The same day at night, we ate dinner at an Italian restaurant called ‘Saizeriya’. It was really good and cheap also! We were six people including Lucy, Sumire, yAMA, Gark, Saeed and me. We ate and discussed some news about Hirasawa music and his personality, and also about his life as a musician and as a person. During this dinner, something weird and amazing happened. I was telling the guys that I forgot to sing the song ‘Ride the Blue Limbo’ at the karaoke and also no one else sang it, which was weird to me, and we suddenly discussed about how the video clip was like and we talked about an image or picture seen in the video(at 3.05 minutes), which is two angels, actually the whole painting is called ‘Sistine Madonna’ by an Italian artist ‘Rafaela’. Surprisingly in this same restaurant we were eating at, we discovered that there was a picture from this same painting (its replica) hanging on one of the walls!! When we saw it we all insisted on taking a picture together having this painting on our background, and yes, we took it!! It was a weird and great coincidence for all of us.

On the third and last day in Fukuoka, Saeed and me, met Lucy and our new face, a ‘walking encyclopedia’, ‘London’-san at the outside of the Hakata Station (which was around 5-10 minutes' walk from our hotel. We did a journey to "Dazaifu Tenmangu Shrine" for the daytime. We enjoyed it a lot as I had been always fascinated by the Japanese history and tradition and this one fulfilled my dream. On the way to Dazaifu in the train, and walking through Dazaifu street and the shrine garden, I enjoyed talking with everyone very much; we shared some knowledge about both Japan and Saudi Arabia histories, cultures and also the traditions. I can say London-san was really a big help in this journey and I even recommend that he should work with an agency that does guide tours; he will be a great help with all of his knowledge.

At night we met up again with my buddy, Sumire-san, and this time with his energetic friend, ‘Soda’-san, in a dinner…one last dinner as it was our last day for Saeed and me before heading back to Tokyo. We ate again in an Italian restaurant (I don't know why but maybe because we were eating a lot of Japanese food? Who knows?) I Just want to mention that I love, or should I say "Daiski", Japanese food so much that I can eat it every day. Anyhow during this dinner we talked also a lot about Hirasawa and P-Model and their collaboration with other artists. We also exchanged information about music as Soda-san suggested. Actually he surprised us(especially Saeed and me) because he knew the name of a Saudi artist, or a singer, whose name is ‘Mohammed Abdu’. He is considered as a legendary singer in Saudi Arabia and also in all Arabic countries in the last 50 years. Soda-san was willing to listen to Saudi music and any other different kinds of music, so I suggested to him and I recommended a musician by the name ‘Cheb Khaled’, or simply ‘Khaled’. He is an Algerian artist, not Saudi, but I grew up listening to him and he is considered to be the most famous and successful Arabic artist in the world and in the Arabic music history. He has his own unique music.

When we finished, we said our Goodbyes outside the main gate of the beautiful Hakata station after we took some pictures of one another, with the lit up trees with pink cherry blossom design illumination on our background. It was a sad night that I would have to leave this city the next day because I knew I was going to miss everyone I met there. It was so much fun in those three days. I had never have this much fun before, so I was really grateful for everyone who came the whole way to Fukuoka from other parts of Kyushu just to meet us, and also the people from Fukuoka City itself. They were lovely people and awesome fans!! I really miss them.

Going back to Tokyo, the first day back here Saeed was resting in the hotel so I met up alone this time with my friend, ‘Y0U(Y zero U)’-san. He has a nice name and an easy one to remember, too. I was amazed by his jacket; it was the same as the one Hirasawa-sensei wore in his Kaku P-model ‘Gipnoza’ album cover! I was so jealous of him. He took me to the famous ‘Shop Mecano’ (actually it was the second time here for me as I came here the first time back in 2012 with Lucy-san). I had a good and brief chat with the owner ‘Nakano’-san. He was a good English speaker, which reminded me of same scenario happened back in 2012 when I first visited this shop, only this time I didn't buy anything as most of the DVDs and CDs that I wanted I already had them, also I was trying to save up for the other new CD which was selling only at Café Gazio, which is the "P-0 Gazio Mix CD".

After we finished from Mecano Shop, Y0U-san took me to a great guitar shop which was located on the underground floor of ‘Ikebe Musical Instrument Store", and he also introduced me to ‘Inazawa’-san, the electric guitar engineer, who, according to Y0U-san, was the one behind the Talbo guitar and Evo guitar used by Hirasawa in his live shows especially in Kaku P-Model’s ‘Parallel Kozak’ Live Show. I was honored to meet him and to see his products and also to discuss the making of these guitars because actually one of my own dreams was to obtain one of those electric guitars and to learn how to play it professionally. So I was more than happy to get the opportunity to touch and play them for a while with Y0U-san. I played the Evo guitar, which is the same model as Mr. Hirasawa, and Pevo 1-go have, which Mr. Inazawa set up with a guitar synthesizer especially for us. Y0U-san took some pictures of me playing it and I also did the same to him, and we also took pictures together with Inazawa-san before leaving the shop.

After that Saeed joined us as we hanged out together in a good café in Shibuya and we talked for a while about Hirasawa music and his brilliant ability using the guitar! One of the many things that amaze me about Hirasawa is his guitar playing. Sometimes I play some songs of Hirasawa just to hear his electric guitar sound and even just watching him play it is a pleasure to me. I was really thankful to Y0U-san for his tour and guide. Also I was thankful of his drawings; we asked him to draw us, it was a great opportunity for us since he is an illustrator so he agreed and he drew Saeed’s and my faces, which were quite good! I've kept the drawing with me.


The next day was a big day with a lot of fun things happened, on this day I got to visit the unique ‘Café GAZIO’ which is owned by Mr. Yuichi Hirasawa, or should I say ‘Yuichi’-san, the elder brother of ‘Susumu Hirasawa’, it took us one hour or so to reach the place from central Tokyo, but it deserved the long trip nevertheless, anyhow when we arrived we saw ‘Yuichi’-san and one lady with him as they were the only ones who were there at the café. I greeted him and I introduced myself to him, and I had the impression that he knew me, or at least he was expecting me. We ordered some food(curry with rice, small fried chicken pieces with apple tea and later a cup of coffee). We were so hungry so, while we were waiting for the food to arrive, I took this opportunity to chat with Yuichi-san. I was sooo excited to chat with him. After all he is the elder brother of the magnificent Susumu Hirasawa himself!! I asked him a lot about Mr. Hirasawa and he showed me some CDs and DVDs of P-model and Hirasawa solo, and I told him most of them or maybe all of them I had already back in my house in Saudi Arabia. He suddenly opened his eyes wide and said something that I didn't catch up with and I think he was saying some word like "Sugoi!(That’s awesome!)", maybe?

I was impressed by the café’s style and it's design the most and how it was arranged! I found a lot of Hirasawa related things, like his costume, the one he wore in the "Interactive Live Show 2006 Byakkoya", I think, also his power-generating wheel(Graviton) that I had seen was used in "PHONON 2550 VISION, and also PHONON 2551 VISION". And what surprised me the most was the famous ‘laser harp’ which I was totally hooked with; I was playing with it like a crazy kid. I even let Saeed take a video of me while playing with it!! It's a really crazy device I'd always wanted to see and use, even though it was not the real thing. It was maybe a replica one? If it was the one for the show it would surly attract a lot of people. While we were eating and drinking the coffee, Hirasawa music was played in the background, it created a unique, calm and beautiful atmosphere in the café. It was another dream came true to me. There were also some videos that were played on the projector by Yuichi-san of some fans singing Hirasawa songs. I realized that there were a lot of small statues and toys of Hirasawa and some characters from Kaku P-Model ‘Parallel Kozak’ theme. During my stay there, people started coming and I thought some were regular visitors or costumers also. While chatting with Yuichi-san I discovered he knows English very well which made it so easy for me to ask and discuss a lot about the café and of course about Mr. Susumu Hirasawa, I even went crazy and asked him if he can call  Susumu Hirasawa on the phone so I could speak with him since he is his elder brother! Ha ha ha. Actually I didn't do that, it crossed my mind, though.

I saw there was a wall in one of the corners of the café full of signatures and words or messages from many people who had visited this place before. I realized that there were only Japanese words so I decided that I would ask Yuichi-san that I would write in that wall, too, and he happily agreed. :D So I wrote some words and Saeed followed up and wrote also his own words. Of course both are in English so anyone who will visit GAZIO again they will find our messages there and they are easy to distinguish since they are in English. After that, Yuichi-san gave me (to my surprise) a gift!! It was, as Yuichi-san said, a special gift. It was a small cup base shaped like thing, which had the GAZIO logo sign and the special Hirasawa-san’s autograph. “It was signed by Hirasawa himself,” according to Yuichi-san!! I can say that I'm so lucky and this gift will be treasured as long as I live. It’s indeed, as what Yuichi-san said,…a Special Gift!


I asked to take pictures with Yuichi-san and he was more than happy to agree, so I took some photos together with him and I also asked all the people who were there to gather so I could take a picture with everyone even though most of them I didn’t know! But they all were so happy to accept my invitation! “They will surly do because they are Hirasawa fans!! Yes!”, I thought. So we took some photos for all of us, and I didn't forget the lady waitress or worker so Saeed and I took pictures with her also! So before leaving GAZIO, I bought the CD ‘P-0 Gazio Mix CD’. It was a great experience and I was really happy. I will never forget this day.

I needed to finish early or before the sunset so I could catch up with time to meet up early with Y0U-san and my old friend, adorable ‘Akemi’-san who I had planned to meet up on this day as it was the only opportunity for us to meet each other before I travel to Korea. So I met up with both of them at Kichijoji station and we headed to a café called ‘Qwalunca Café’ which is, according to Akemi-san, is owned by Mr. Kiyoshi Inagaki, a designer who used to design Hirasawa’s album covers like ‘Ghost of Science’ and so on. Actually I really liked this Café. It was quiet and looked simple and also with good background music. Y0U-san brought his own talbo guitar and he let us hold it and we took pictures with it! I really envy him. I hope one day I can have my own guitar like him. Akemi-san brought some Hirasawa’s CDs and asked me which one I wanted to play. I don't remember the choices but I remember I chose the CD ‘Siren’ and ‘Fu Kyoka Kyoku Shu(Forbidden Songs)’ to be played as our background music while eating and chatting. I was really surprised and also amazed at the items Akemi-san brought with her, a great and unique P-model and Hirasawa collection. It was a huge collection and there were rare ones, most of them I saw for the first time including the ‘Fu Kyoka Kyoku Shu(Forbidden Songs)’ by P-MODEL. Her collection consisted of pages of interviews and pictures from magazines and some posters, and also some books and stories. Most were old from the 90’s era. I was really wondering how she had reserved this kind of collection the way it was because it was so clean and looked new! Looked so original! Anyhow all were in Japanese of course so I couldn't read them so I asked Akemi-san and Y0U-san to translate and explain some pages and pictures I saw. It reminded me of Sumire-san’s collection also. At that time I realized that Akemi-san and Sumire-san truly love Hirasawa music and I felt honored that I got to know them.


Also there were some photos of Akemi-san playing in a band as a flute player, vocalist or background vocalist. I was surprised she had a great talent like that. I heard first from Lucy-san that Akemi-san is a flute player and can play it very well, so I had asked Akemi-san to bring it along. After leaving Qwalunca Café, I remember a wonderful late night scene in a near park where we listened to the great flute played by Akemi-san. We were so moved by the performance. She was marvelous. Saeed and I have been saying until now that we were so lucky that Akemi-san brought it with her and played it for us. I hope I can hear it again soon with much more time the next time. The flute is one of my long-time favorite musical instrument. I've always listened to music with a flute playing in it and sometimes I listen to music that has only flute played without any other instruments if I want to relax.


With this our last day hanging out with Hirasawa fans and with the lovely Japanese people have ended. The next day was supposed to be our last day in Japan before traveling to Korea, we were alone, so we decided to eat dinner at a crazy place to lift up the mood. It was a restaurant but a weird one; it's a medical prison themed restaurant! It's called ‘Alcatraz E.R.’ in Shibuya. It was crazy with a lot of fun and we laughed a lot because our table was in a small second floor jail and also because of the main show which started at 10 pm. Of course we would since they attacked us with their masks on their faces after shutting down the lights. We heard a lot of screams that night. I recommend this restaurant for everyone to try out if you want something for a change. The food was good also. This is one of the things that I like about Tokyo: themed restaurants. I remember we visited, earlier in this travel with my friends when we first arrived in Tokyo, a Ninja themed restaurant, and it was a great experience for all of us.


This travel was the best travel I've ever had in my life. I've traveled a lot and to different kinds of places and saw different kinds of people and I got to know many people in my travels, but this one was different. Actually the Japanese people are different, yes they are, the most get along, polite, humble, respectful, kind, fun and helpful people I've seen in my life. I think it’s a great place to live in, how I wish I could do that one day, at least for a period of time.


I noticed something about Hirasawa fans in Japan, the old fans tend to like P-Model more, while the new fans tend to like Hirasawa solo more. As for me I don't know if I can consider myself as a new fan, but I like the solo more since I knew the solo before I knew about the P-Model era. Even so I really listen to P-Model every day.


Finally I would like to thank again my friend, Sumire-san for inviting me to write again in his unique blog. I can't thank him enough for letting me express my thoughts about Hirasawa, and his fans also, and of course about Japan! I really miss his jokes and chats about Hirasawa. He knows a lot about Hirasawa, some which I first knew from him. Sumire-san is one of the most enthusiastic Hirasawa fans!


Also the big Thanks goes to the one who I will always be grateful to, Lucy-san, the one behind the translating both while I was in Japan and outside of Japan. She is the one who translated this essay into Japanese. And she was the one who made it true for me to attend Hirasawa live show and to visit Japan so easily for the first time in my life by her information and translation. I can't thank her enough.

I will conclude my essay or article with a sentence that was said to Saeed and me by my friend Sumire-san. It describes my whole travel, and it can be a title to my travel also:

…It was all about "OVER-ENJOY!"…
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星野スミレ

Author:星野スミレ
平沢進、P-MODELを敬愛して、26年の
星野スミレによる電子降る日々

(C)Denshi Furu Nikki

This is a blog I, Sumire Hoshino, write about my days and events as a fan of Susumu Hirasawa and P-MODEL. The mainly featured journal pages are about my big collection of CDs and records. I have tried collecting all of the different versions of each CD/record by Susumu Hirasawa/P-MODEL. I hope you enjoy reading it.

My twitter ID is :@sumire_hoshino

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